山々の顔

二月

手術はしなかつたが、前立腺の兆候があつて一時的な痛みをやわらげる方法を執つて貰い、それからは就寝時に専門一粒を服薬することを続けている。 友達に質すと、思い切つて手術したから安心と言うものと、寝る前に一粒服用する者も居ることがわかつた。夜中…

一月

車輪の跡だけが道路に残つていて、あと一面は雪に覆われすさまじい。幾年振りの豪雪になり、道路に支障を来たしたのが一月中旬で物すごかつた。 早く帰る積りの横浜の長女も、予定を狂わしてしばらく待つた。うちの自動車二台が借りている車庫の屋根も積雪の…

十二月

懇ろに文通を重ねていた仙台の浜夢助さんと知り合って数年、ことらに川柳大会で開催するが、是非ご出席を賜りたいとお手紙を戴いた。その頃、入歯の年齢時期で思い切って歯医者に治療をお願いし略出来上がった。君は何時入歯をと聞かれると、この川柳大会が…

十一月

毎朝、家を出て滅多に歩いてゆくことがない。どうもこの脚では工場まで三、四十分掛かりそうだ。 身体の運動はいいことに違いないが、それでも夕方ぐるりと出発点のわが家からやっと三十分散歩して「ヤレヤレ運動をしたぞ」とひとりで満足している。顔馴染み…

十月

とても早起きなんかと自慢するほどの時間に目が覚めず顔を洗ってから常の如く、ほど近い何やら祀る神社に儀礼式に則ってうやうやしく礼拝する。 由なきこと、悪しき事を打ち忘れたい無心に合掌の幾日かが続くのだ。 晴雨を嫌わず、嵐気に怖れぬ行動は常とは…

九月

メゾンとはサロン風の高級食堂か、家、住宅、特に日本ではマンションの名へつけて用いる。老妻と住んでいる別宅のその隣がメゾン浅井の名称で上下階六軒宛が住んでいる。独居、所帯持ちで、勤先は聞く必要もないので知らずそそくさと急がしそうに出入りする…

八月

畑といえば素人がちょっと気を好くして手入れの少しを見せたばっかりに功を奏するといえば大げさだが、その成果として自然は嬉しいもので、熟したものを見せてくれる。 ころりと小さいトマトを頬張るとき、酸っぱさと甘さがひろがり気取った振りをして歯に当…

七月

向日葵が大きくなり、私のせよりも高く見上げる。ひょろひょろと気弱な格好で、どうも私に似て細い。向日葵ばかりの何百と見事な農園と違い孤独を構える姿。 モロコシがずらりと幾本か勢揃いして可愛い、風が吹くと、ゆらゆらと話し合っているようだ。 大梅…

六月

父は世話好きで、困っている人を見ると手を取ってやる方だったが、恩誼を感じて丁寧に接して下さったことを思い出す。 そんな経緯を知っているものだから、私にまで気をかけて下さるので恐縮する。父が逝くなってからもお付き合いが続いている。 幾人かあっ…

五月

まだすっかり朝が明けないときふと目が醒めた。起きるには早いし、うすぼんやりしているのも、せんないものだから、ラジオでNHKをとらえた。 インタビューが始まったらしい経過で、かわもり・よしぞうという何だか聞き覚えの名前だった。九十五才、家内も…

四月

極彩色に印刷したように見せて実は印刷に彩色をほどこした手彩色絵葉書、明治のおんなの部類では単式とは別に色を添えたものを見かける。父が蒐めた画のなかのみんな気取った姿。浮輪を持った二人の海水着。大根を切っている笑顔。袴を履いて洋傘を差した学…

三月

川柳手始めの幼籃期のころ、短冊に接したのは 新開地一寸行っても ザックザック* 水府 昭和初め当地の池上喜作から君には似合いだから差し上げると言って貰った。相手は中年、商売に熱心で、傍ら、数寄の風月を友とする温厚なご仁だった。 若いうちから正岡…

二月

松本駅前で拾ったタクシーに村井町のJA松本ハイランドグリンバルまでお願いしたら、何用ですかと問われ、川柳の話を頼まれたといった途端、私はいま岡田甫の「川柳東海道」上下を古本屋から求めて読んでいると言う。 興に乗って川柳の本質を知るいい機会に…

一月

仮寓に老夫婦で住んで、二回目のお正月を迎えた。先ず近所にいる犬と顔馴染みになり、目と目が合うとき、鎖に千切れるほど引っ張って近づきたがるが、しっかりした鎖で解けそうにない。吠えることは決して忘れず、緊縛の身のつらさが続く。一年間放したこと…

十二月

同姓同名という人はあるもので電話帳や名簿などに見つける。親戚同士でままあるようだ。他意はなく偶然同じ場合、それほど気にしたりせぬ。 呼ぶとき南何某、北何某と俗称めかして、親しみを覚えさせたりする。 太郎、次郎のように生まれ順序を示すことが多…

十一月

もともと麻生路郎門下生である私だが、交友を深くするために他吟社の人たちとも仲好くした。岸本水府の直筆句集「番傘抄」を大切にし、番傘関係の食満南北も刺を通じて親交を重ねた。 色紙のほかに 引越してからの原稿 よく運び 居間に飾ってある。絵入りの…

十月

同人土田貞夫さんが九月二十九日に逝去された。行年七十九歳。惜しい人を喪い感無量である。謹んで哀悼の意を献げる。 戦争の終わったあと、町内の秋山寿三さんが先導で、川柳作句をしおうではないかと募ったところ、三枝昌人、長縄今郎、寺沢正光、豊島好英…

九月

格別コレクトマニヤでないが若い時から何か蒐めたい好奇心があったせいか、はがきブックにこれはと思われるものを挿しておいた。昭和五年が始まりで御子柴修一の自分で彫った版画の年賀状である。中学校の同級生で昭和三年に卒業した仲の良い友人。在学中か…

八月

居室から向日葵がいくつか伸び上がるまま伸びたい姿勢で咲き誇っているのを見る。時期に家族の者が種を蒔き、それが育ったわけだが、わたしは殆んどと言っていい位、手伝わなかった。 風が吹くたびにゆらゆら揺れる向日葵が、何だか首のようにも似て話し掛け…

七月

やっと頭痛がよくなってゆく気持ちではあるが、全快とはならないでいる。頭がどうも重くて仕方がない。 服薬はきちんと守って容態を説明するたびに、自分でいい加減に治らないものかなと溜息をつく。俳人の鳥羽とほるさんが雑誌を届けられ、そのとき頭痛の話…

六月

医師といつも仲良くなっているのが健康上何かと注意してくれ、助言を与えて貰えるから安心だという。処方箋に記録して体質や性格など確認してある。 看護婦さんと顔馴染みで、診察券を忘れても顔パスで効く。医療費では毎年老人が独占して威勢がいいが、兎角…

五月

ときどきバスに乗るときがあって、席が空いていると具合がよいが、どうも立っている人を見かけると、こちらも同じように立っていなければならない。 あらかじめ身障者とか老人とかに許用される席があるのだが、それもご本人がその席の使用範囲を知らずに腰掛…

四月

屋根から雪を下ろすほど多くは積もったことがないが、寒さの方は負けまいとしてきびしい。北に行くに従って雪が降り易く大町あたりから多くなる状況だ。 ことしの冬で雪をかいた経験はない。しきりに県内の雪かきのニュースが伝わってくるとき、松本地方では…

三月

近所に犬を飼っており、誰か来るとしきりに吠える。鎖にしばられているときから滅多のことはない。放し飼いをすると顔馴染みだから嬉しがり、跳びついて私を面食らわせる。無邪気そのものでこっちも楽しくなる。 縛られているとき、急に自由になりたい時期が…

二月

早とちり、どうも見当違いをしてたしなめられることがある。右耳が難聴で、話し合うときなるべく右側に並んでいると、聴こえるぞ、よかっとと思う。 左側だと聴き難いので半身を少し傾ける人も僅か、わたしの若いときは伝染病でこの病気にかかると、病で閉じ…

一月

妙な癖があって、人に道を尋ねられると、克明に教えて上げ、それでも分からないと、外に出て行き、指先に心をこめ、さし示すまで丁寧になる。 あまり熱心なので、相手はキョトンとした顔を私に向けて来る。それでも納得できないと、住宅地図を持ち出し該当の…

十二月

松本市老人クラブ川柳まつもとの指導といっても、十幾年か道連れになっていると、対向の立場を離れて同輩の集いという睦みになる。月一回のめぐり逢いを楽しみに遠路をいとわず寄り合う。腰はみんなピンとして杖のたよりを敬遠の頼もしさ。 会場で座るところ…

十一月

平静を装って毅然たる抱負をいだいているわけでなく、このままの情勢から脱する気持ちより、自分を守ろうという段階にあるようだ。一エポックから次のエポックに進展する真摯な積極性とはほど遠い。 それでいて好奇心はある。その夢の描くまぼろしに縋ろうと…

十月

お気づきの人は多かろうが、拙誌表紙のカットは蔵書票である。蔵書印と同じくその所有者の標識で、エキス・リブリスの名称がラテン語だが、弘く流通したため、世界語になっている。 本誌昭和初期に断続的だが、その筋の専門家に執筆していただいたことがある…

九月

父の代からごく懇意にしていた西堀栄寿さんが、めでたく白寿の日を迎えるにあたって 名は栄寿 齢は白寿の 誇り顔 民郎 色紙に揮毫し、徳利と盃の画を添えた。 出来栄えを越えて、ただただ平素の心易さに応えたかった。平均寿命が上昇の傾向にあるから、お互…