二月

 手術はしなかつたが、前立腺の兆候があつて一時的な痛みをやわらげる方法を執つて貰い、それからは就寝時に専門一粒を服薬することを続けている。
 友達に質すと、思い切つて手術したから安心と言うものと、寝る前に一粒服用する者も居ることがわかつた。夜中にしばしば尿出の反応があるので、そのときそのとき寝床で処遇している。
 熟睡という安心感がないので煩わしいが、これも身体のためと断念して励行一途、せつせと馴染んで幾年間が続く。
 齢をとつたせいか、夢を見ない夜がないくらい頻繁で、夢のため目が覚めることが続き、途端に夢が消えてしまう。夢のせいで知らず知らずひとり言があるが、妻はあんまり苦にしなくなつた。
 ふと夢から覚めたとき、いま見たことは夢であつたと判断するが、夢が消えるときと現実の接点に気がつき、今まで見たのは夢であることをたしかめるために、暗中あたりを見回して「夢でないぞ」と、ひとり芝居のようにあいさつの言葉が知らず知らず発している自分を見つける。
 妻が驚いて起きることがあり、いまはすつかり馴れてくれ、夢と現実の境にいる私だと判断して驚かない。
 友達はよくこの話を聞いて、頭が可笑しくなつただけ齢をとつたせいだよと慰めてくれた。それがほんとのような気がしている。

 居眠りばかりしてちょいちょい夢が自然と頭に来るというのをからかつて空気の番をしていろとすすめられた。誰もいないから何度も出来るが、好きな居眠りをしてばかりいられない。
 そこでミカン畑を薪でたたいて言いつけられた。しばらくして目を回すと、つるしてあるむしろを見つけ出し、のぞきこむと、驚いたことに天井から死体がぶるさがつている。
 恐ろしくてとてもひとりではいられないと逃げ出そうとしたが、外から鍵をかけられているから出られない。
 そのうち夜が更け、死体が八兵衛に伊勢音頭を唄えという。いつとなく習い覚え、目がさめて明朝しくじりをする「夢八」の落語。