2016-03-01から1ヶ月間の記事一覧

フキノトウ

私の住んでいる家から眺める鉢伏山の頂の雪が、まだ残っていると思っておりましたら、背の辺、腰の辺から少しずつ消えてゆくのがわかります。 「東にそびえるほかの山々の雪が消え、鉢伏の雪が消えはじめると、こんどこそ松本に春が来るのだ」故老はよく話し…

浮田一螵

私の家に二枚折り屏風がある。落款はない。対になるべきもう二枚の方に署名があるのか、それはわかりませんが、正月風景です。猿廻し、懸想文売りなどの風俗画。父が語るには、作者は浮田一螵であると。 自分の名前をあえて出さずに秘していたのではないか、…

電気記念日

大正時代、お医者さんは往診には人力車に乗って出かけました。いざ急患ともなればなおさらのこと、俥夫は緊張したおももちで、梶棒をにぎりしめてゆくのでした。いまはほとんど自動車で、お抱えの運転手さんが運転するか、自分のハンドルで走り回ります。随…

水仙の花

卒業式が近づいて、共に学んだこの学校ともお別れか。そろそろ友だちにサインして貰うことにするか。 ブックをとり出し「何か書いて下さい」と、一人一人に頼んで書かせます。素早くこれに応じるものがいると気をよくしますが、なかには書こうとする文句が浮…

彼岸入り

立春大吉といっても、暦のうえのことで、冬の長い信濃ではまだまだ寒い日がつづきます。それがいつとなく、蕗(ふき)の薹(とう)が出始め、ものみな青みがかり、やがて花のほころびを見るようになります。 「彼岸だな、春ももう近いな」そう思います。やっ…

活動写真

これはと思うような映画(その頃は活動写真)も、むかしはなかなか見る機会がなかった、というのは大正時代、学校ではよほどでない限り映画をみせませんでした。たまたま小学校五、六年生のころ、上土町通りの電気館に引率されて「噫、松本訓導」という教育…

菊池寛来たる

松本市厚生文化会館で講演など聴きに行くとき、すぐ目につくのが句碑。 山高く水清くして風光る 荘子 平林荘子の家は、松本市東町通りのどっしりした土蔵造り。俳誌『つる草』を主宰して地方俳壇の育成につとめ、多くの同好者に親しまれました。 「山高く」…

雛祭り

信州の雛祭りは一カ月遅れです。ところが、このごろは待ちこがれた子供たちが、我慢しきれずに「早く、早く」とせがむものですから、松本地方でも三月三日に雛人形を飾る家庭もふえているようです。 生安寺小路という町名の別称が、高砂町通り。春になると、…