川柳の話

10:奥付

川柳の話 定価五〇円 昭和廿二年九月一日印刷 昭和廿二年九月十五日發行 著者 石曾根民郎 發行者 石曾根民郎 松本市大名町 印刷所 石曾根印刷所 松本市大名町 松本市大名町 發行所 しなの川柳社 (参考:参照した版では、昭和廿八年十月一日付で二十版になっ…

9:ユーモアの近代味

笑ひと皮肉と穿ちは川柳の内容として定義されますが、近代人の鋭い感覺と思想によつてそれのみにこだはる事なく、しかもそれを含む抱擁性を持つて健康なる奇智と撥剌たる批判に人情を詠ふ俗世間的な民衆詩に傾倒されつゝあります。 氣づかひは嘘も言へない無…

8:旅の句に就いて

春の雨が降りつゞいてゐる大阪の驛です。友に送られ別れようとするわびしい旅の窓、雨に濡れた大阪の灯のかなしさが今でも思ひ出されます。 大阪の別離 見てあればしきりにそゝぐ灯も雨も いく日かの旅を終へて歸る夜のいろを印象づけられますが、また名所舊…

7:私の句の批評

芥川芥子男君が、私の句の われを繼ぐ子と寢る星のふるなかに を評されたことばに次の如くあります。 それは或る夜である。夜空は滿天の星で如何にも星が降つて来さうな夜空だ。この星空の下に自己の偉大な五体は、時の流れにしつかり耐へて血は沸つて波打つ…

6:病むひとゝ共に

天井と語り天井に自分の人生を描く病牀六尺のあけくれをつゞける人たちの作品を鑑賞してみたいと思ひます。きびしい現實と闘ひながら得た尊い川柳です。 一疊の疊がひろく痩せている 縷紅 疊のひろさがせまいのではないのです。おのれのやせたからだをぢつと…

5:自由な廣い境地

川柳が人生を詠ふその自由な廣い境地は、大いに誇つてもよいと思ひます。 終電車湯場から酒の香を運び 雀童 どこか温泉のあるところでせう。終電車に間に合つてゆつくり坐つた自分のほのかなる酒の醉ひ、何となくほろ〱とした氣持ちのよい酒の醉ひです。終電…

4:狂句感情を棄てよ

川柳の生立ちの宝暦、明和、安永、天明時代は、所謂人情の機微を描き掬すべきうるほひに滿たされてゐたのでありますが、文化文政を中心として、寛政、天保に至り世相の頽廃情調も手傅つて句品の拙劣、語格の低下、剰へ文字の戯れに墜ちてゆくことになつたの…

3:現代川柳と古川柳

川柳の如くにも見え、また俳句を模倣した如くにも見えるどつちつかずの、十七音律の現代川柳には独特なユーモアもなく、寸鐵人を刺す辛辣味も味へず、あの溌剌たる人情美もうかゞへないといふ意見に関して、果してこれは私たちの軽々しく受け応への出来る問…

2:をかしみ、うがち、諷刺

川柳は初め前句附といはれ俳諧の一つでありますが、俳諧が百韻五十韻といふ風に五七五、七七の各句毎に完了した要領をもち、その一句づ ゝが鑑賞されるのに比し、前句附は附句の一句立として詠法に於て自由さを発揮しようとするのであります。川柳の文藝性の…

1:柳多留の出版

川柳【せんりゅう】といふのは、その始祖柄井【からい】八右衛門の雅号が「川柳」であるからでありまして、寛政二年九月二十三日に七十三歳で「木枯やあとで芽を吹け川やなぎ」の辭世を残して逝きました。その遺業を讃へるために私たちはこの日を記念しまし…

迷へるひとのもとに

雜詠に課題に、また句会に出席され熱心な投句を續けられほんたうにありがたう存じます。川柳に親しんでゐてくれる氣持に対し萬腔の敬意を表したいといつも思つてをります。ところであなたは、初心者の作句態度の陥り易い弊にとりつかれてゐることに私は予ね…

雜詠と課題吟

作句する場合に身邊雜記としての雜詠と、ひとつの題を擧げてする課題吟とがあります。いづれにしても作句する態度には変りがない筈ですが、雜詠は難しいが課題吟はやさしいといふ氣持でなくて素直に当られてほしいと思ひます。雜詠は日記風な人生記録ともな…

女性を中心として

川柳にこゝろざす女性の句を鑑賞してみませう。 水鏡思慕に疲れた朝の顔 君子 やるせない恋の女の横顔をとらへたのでありまして、この作者の溜息は凝つて十七字詩の川柳と成つたわけです。思慕に疲れたおのれの顔をしみ〲水鏡に見てとつたといふかなしみを、…

川柳漫画の問題

時局を風刺する最も辛辣なちからを持つてゐものに漫画があります。大衆性といふ背景がまた歡迎するのですが、その漫画とタイアツプして川柳漫画が創案され、川柳普及の一役を擔つたことは嘗ての「絵本柳樽」のあとを受け繼いだ歴史的意義とは別にひとつの鍵…

主觀のありかた

川柳の十七音律を以てしてドストエーフスキイの小説や、シュクスピヤーの戯曲に比肩しようと自負してゐるものは恐らくあるまいと思ひます。対象の表現に於て全体的把握に複雜多岐な心理を活寫し得る小説と戯曲には、スケールの逞しさが展開してさま〲な背景…

川柳と俳句との知識

川柳には季節的感情を必要とするかどうかといふことが考へられます。季節的な表現を約束づけてよいのか、また季節をあらはす言葉にとらはれることを避けねばならぬものなのか、さうした質疑が当然起ることゝ存じます。 薔薇の香の甘さを圍む夜の膳 典夫 これ…

句の明るさを味ふ

大空の明るさといふことばがあります。ひろ〲としてこゝろの明るくなるやうなひとつの境地、それは川柳の持ついのちであると思ひます。 川柳は十七音律の短い詩のかたちをとつた文藝であつて、日常生活から湧き出づるあらゆる感興――所謂人情の機微に触れよう…

目次

・句の明るさを味ふ ・川柳と俳句との知識 ・主觀のあり方 ・川柳漫画の問題 ・女性を中心として ・雜詠と課題吟 ・迷へるひとのもとに ・柳多留の出版 ・をかしみ、うがち、諷刺 ・現代川柳と古川柳 ・狂句感情を棄てよ ・自由な広い境地 ・病むひとゝ共に …

川柳とはどんなものですか、私もやつてみたいのですがとよくたづねられます。さうした方に向つてゆつくりお話してみたいのです。 ごく氣軽にどこでも開いて下さい。 川柳はこんなにも親しみ深い詩であつたのかとうなづかれて、川柳を作る仕合せを頒ちたいと…

『川柳の話』、ブログでの紹介にあたって

新たな記事として民郎著『川柳の話』をお贈りします。 『川柳の話』は雑誌「川柳しなの」とは別個に、単独で発行された一冊の書物である。現在の文庫本サイズで、その造本はとても繊細に見えもし、軽やかでもあるような、ごくごく薄い本である。 その内容を…