5:自由な廣い境地

 川柳が人生を詠ふその自由な廣い境地は、大いに誇つてもよいと思ひます。
    終電車湯場から酒の香を運び   雀童
 どこか温泉のあるところでせう。終電車に間に合つてゆつくり坐つた自分のほのかなる酒の醉ひ、何となくほろ〱とした氣持ちのよい酒の醉ひです。終電車から酒の香を運んだと表現したところに川柳のとりすましてゐない人間味が彷彿として思はれるのでありまして、終電車といつて夜の感じを出してゐます。
    こだはりもなく握る手のあたゝかみ   想夢庵
 こだはりもなく、つまり恩に着せようとか、たくらんだ氣持とかゞない素直に握るあたゝかみ、川柳の謂ふ人情味です。素材に於て既にすぐれてゐます。
    悔いもなく日記とぢ抱く膝の味   善弘
 悔いるところのない一日であつたことをしみ〲日記に聞かせてゐるとこであり、ぢつと瞼に浮んでくるくさ〲を靜かに反省してゆく作者の姿です。
    名無し草ふと郷愁にかられたる    凡石
 名も無き草にそこはかとなく郷愁を覺えるものはひとり作者のみではありませんが、一木一草に人生のひとゝきを感ずるところに作者の肚があるのです。
    都塵から逃れて知つた春の鳥   義郎
 やうやく都塵から逃れるやうにして来た自分の耳に、はしなくも春の鳥を聽いたといふすが〲しい氣分の滿ちた句で、春の季節に対して川柳の境地はかくもありたいものであります。
    栄達のかげに年経る糸車   楓山
 クラシツクな糸車は栄達のかげに黙念として存在するのであります。
    しあはせはかくて笑へて子のしぐさ   正司
 子への愛を淡々として描いた實感句でありませう。子のあどけないしぐさに、ついほゝゑみかけた自分の人知れぬ倖せを享けとつた作者のたゝずまひに美しいこゝろの窓を開いてあげようではありませんか。
    清貧へ何の染みだかついたなり   華御史
 何の染みか知らぬがついてゐる事をうなづいてゐる川柳の淡白な味であります。