6:病むひとゝ共に

 天井と語り天井に自分の人生を描く病牀六尺のあけくれをつゞける人たちの作品を鑑賞してみたいと思ひます。きびしい現實と闘ひながら得た尊い川柳です。
    一疊の疊がひろく痩せている   縷紅
 疊のひろさがせまいのではないのです。おのれのやせたからだをぢつと感ずる自嘲にも似た表白のすがた、長い間の病ひとのいそしみをふりかへる自分。
    こなぐすりさみしくなりて吹いてゐる   静太
 このさみしさにぢつと耐へてゐるのですが、悲しみが湧いて来ない不思議さ。こなぐすりを吹いた情感を詠つた病人の詩品が成り立つのであります。
    看護婦の手にながれた日を想ふ   真弓
 みとつてくれる看護婦さんの手にながれた日のかずよ。それはとりもなほさず療養の日のかず。よくも生き得るつよさのだらう。それをこそ失ふまい。
    ひとつかぎりの空をかなしむ夜のあり   噴児
 ひとつかぎりの空をかなしむものは臥てゐることの多い作者でありまして、瞳にうつる空との対話なのです。月も星も出てゐる夜だらうか。この現實、病床につく日のながさにおかれた現実、それを思ふがゆゑにもうひとつの世界を描く。そこで作者はベツドをけとばした丈夫なからだで濶歩することでせうが、幻想をふつと考へられて、それを川柳にまとめあげた手法を味ひたいと存じます。
    ひとりゐる雨の日雨の匂ひする   松雨
 こゝろのなかにふりそゝぐ雨。その匂ひがおのれの胸をつゝみ、いたはつてくれる。雨の匂ひを識る作者の幸福をひとゝきといつてしまつてよいのでせうか。
    母のからだと思つて生きてゐる   一更
 このからだは母の想ひがこもつてゐる。母のからだと觀念するまでに丈夫になることをこゝろがけてゆかねばならない。自分のからだであつて自分のからだではないとすれば、母の幻影がうかんできてたのもしい。そしてさびしくはない。
    生きむとすあふげば逭き空のあり   愚寵
 生きねばならない。あふげば逭い空はあくまで逭く、勵ましてくれる。あの希望の空のいろに染まるまで生きよう。きつと生きてゐたい。