8:旅の句に就いて
春の雨が降りつゞいてゐる大阪の驛です。友に送られ別れようとするわびしい旅の窓、雨に濡れた大阪の灯のかなしさが今でも思ひ出されます。
大阪の別離
見てあればしきりにそゝぐ灯も雨も
いく日かの旅を終へて歸る夜のいろを印象づけられますが、また名所舊跡で
奈良を一人ぼつちで
うなづいた鹿に案内頼まうか
と、軽々として旅ごゝろに寄する自分のありかを愉しむことも出来ませう。
三笠山の見納めに
出でし月かもの夜を待てふりかへり
もう一度ふりかえつてさやうならをするところです。木曾川へ来れば
日本ライン下り
出船みな撮れば旅めく頬へ風
となつて旅のカメラがのぞきます。
犬山を歩む
白帝城ながれはるかに君が恋
白帝城後姿は友ばかり
岐阜の旅宿にくつろげば
鵜飼のほとり
とりかこむ鵜籠へ更けて妓をかへし
篝火へよき友ならぶ旅ごろも
旅の句はやゝもするとひとりよがりが説明に堕ち入る嫌いがあり、地名をあまり採り上げますと一層つまらない句になりがちです。抒情のこもつた追想をねらひたいものであります。短い旅行を終へて家に落着けば
歸宅
ふるさとの水が持つてたちさひ旅
水のうまさを味ふには、旅から戻つたときほどありがたいものはありません。