九月

 父の代からごく懇意にしていた西堀栄寿さんが、めでたく白寿の日を迎えるにあたって
  名は栄寿
     齢は白寿の
       誇り顔   民郎
 色紙に揮毫し、徳利と盃の画を添えた。
 出来栄えを越えて、ただただ平素の心易さに応えたかった。平均寿命が上昇の傾向にあるから、お互い養生に心掛ければ長生きすることはたしかのようだ。
 これから白寿には相当な根気がいるが、なすがままにまかせる気持ち。長寿といえばテレビにきんさんぎんさんの登場があり、かしこまることなく、誠に磊落の性情をきらめかしてくれ、好感そのものである。
 長生きの秘訣はと問うと、片方は健康のからだ、そう直截に答えるし、また片方は心の持ちようと抑揚性がある。どちらともうなずかせてくれる。答えは長齢の癖に長くは喋らず、ごく短かく直入の気味を含め、たまらなく明快だ。
 意地わるいのか頓狂なのかアナウンサーが、新婚旅行はどこへお出でになりましたかと尋ねたら、すかさず「畑へ働きに行きました」とけろりと答えて、聴くものみんなをしんみりさせた。そしてまた別の場面で率直に夫婦仲を問うと「円満々々」と、やわらかく、
    夫婦喧嘩
 夫婦の中、ちょっとした事が心安だて、一ついひ二ついひ、喧嘩となり、三下り半を書いて投げつけ「我やふな奴にはあきれた。出て行け。」と、あいそふづかしに、女房も腹立ちまぎれ、納戸へ入つて髪化粧作り立て、路考茶ちりめんにぎょやう牡丹の金糸紋、下は茶小紋のむく黒じのすの帯を、胸高にしめ、「アイおさらば」と涙ぐみて言ふを見れば、又美しく惜しくなれども、そふもいわず、「早く出てゆけ」といへば、女房しほしほたつて店をさして出るを亭主「イヤイヤ、そこから出す事はならぬ」といわれ、又裏口から出そふにすると、又「イヤ、そこからもならぬ」といへば、女房「そふして、どこから出ます」といへば、亭主「出る所がなくば、出ねえがよい」
    (再成餅、安永二年刊)