四月

 屋根から雪を下ろすほど多くは積もったことがないが、寒さの方は負けまいとしてきびしい。北に行くに従って雪が降り易く大町あたりから多くなる状況だ。
 ことしの冬で雪をかいた経験はない。しきりに県内の雪かきのニュースが伝わってくるとき、松本地方ではさっぱり音沙汰がない。
 雪かきも年々工夫された器具がお目見得しているのだろうが、その点こちらは新製品を求めるどころか縁もない。
 終雪日という区切りがあって、平均して上信地方が四月八日、中信は一日違いの七日、南信の飯田あたりは暖かさの点で六日という日程だという。
 寒の戻りで朝目覚めてすぐ察知するとき、どうやら暖かさが押されたかと思いやる。オーバーの襟を立てて外に出る。みんなこそこそした姿勢で歩いてゆく。こんなとき老若の差があきらかになるもので、後ろから追い抜いて見る見る離れてゆくのを著しく感じて、年のせいだなあと思う。
 横っ面をたたくような雪の勢いに負けまいと真っ直ぐ前方を目指す。こんこんと降るとき、激しく降るときの出会いが朝の始まりとなる。
 記録によると今から十二年前の四月七日に雪が降り、その翌年が二十七日にまた見舞ったという。その間、雨だけは四季を通してよく恵まれるが、これも訪れの誘い水とあきらめて濡れにまかすのみ。
 探検家のフリチヨク・ナンセンはクリスチヤニア大学を卒業すると直ぐにベルゲンの博物館に勤めることになつたが、このベルゲンという町は、ノルウェーの西海岸にある美しい港に臨んだ古都で、ベルゲンの馬は蝙蝠傘を持たない人を見るとびっくりして跳ね回るといわれるほど雨の多い場所であった。
 ある朝、ベルゲン生まれの船長が航海から帰って来ると、自分の生まれ故郷の港町には太陽がさんさんと照り渡っていた。それを見ると船長は、てっきり港を間違えたと思い込んで、船首を向けかえ再び大海に出て行ってしまった。
 雨に触れた逸話だが、玉石集にあったので、好奇心をそそいで味わいたい。