二十六夜神

 松本城の二十六夜神の例祭は十一月三日。三石三斗三升の餅を献上する餅つきの神事は、古式にならって行われます。二十六夜神は松本城の安泰、加護の守り神で六階の梁の上にまつられていますが、御神体は煙草の根であるとか。
 全国にはいくつかのお城がありますが、どの城も申し合わせたように「妖怪変化が出現した」といういい伝えを持っています。それは狐や狸のいたずらではないか、と想像していたようですが。
 狐や狸にだまされて、とんだ目に遭う昔噺はご存じでしょう。ですから、狐の窓、つまり「両手を組み合わせて狐窓を作り、それですかして見ると狐は逃げてしまう」とか、「遠くの方に狐火があちこち光って見えるときは、よく注意して自分の前をたしかめると、そこに狐がうずくまっている」という俗言ありました。
 だまされたときは、「ゆっくり腰をおろしてから、落ち着いて煙草を喫うと狐は逃げ出す」ともいわれます。そうしたことから、二十六夜神の御神体を煙草と結びつけることができます。
 狐狸ばかりでなく、落語の「田能久」では、大蛇が嫌いなものを打ち明けるくだりがありますが、煙草をあげています。煙草の持つ強烈な嗅覚の効果を見る思いがします。
 ところで、いま私たちのまわりには愛煙家もいれば嫌煙家もいます。愛煙家は「煙草をのんでいるとき、とつぜんいい考えが浮かぶことがある」とか、「疲れたあとの一服は何ともいわれない」と、その醍醐味を讃美します。
 「あれほど不健康で、はたの迷惑を考えない煙草の公害は、我慢がならない」というのが嫌煙権運動の人たちです。それぞれ意見と主張を聞くだけのことはあります。
 道に迷って竹林の中をどうしても抜け切れず、方向を失った婦人が、たばこの紫煙で助かった話が新聞に出ていました。その人は夢中でさまよっているうちに、沢伝いに下り、疲労と心細さでもう駄目だとあきらめていたとき、かすかににおってきたたばこの香り。一服したたばこの煙が風に乗って流れて来たのです。
  たばこ屋を遠く女が待っている  芽十