白菊黄菊

 松本市民祭は回を重ねるごとに華々しく行われます。市民みんなの生活の豊かさを象徴するような恒例のお祭りです。
 文化の日をはさんで、十一月の秋の澄んだ空の下、芸術文化祭、商工観光まつりなど部門別の催しものは、市民それぞれの活気でみち溢れることでしょう。
 お城まつりには松本城菊花展があり、【けん・女へん】を競っていくつかの菊花が並べられます。こうした菊の愛好者の会が初め中央公民館(もとの公会堂)前で開催されてから三十数年になります。
 むかし公会堂前の広場へ、自慢の菊の披露を見にゆき、電灯に輝くまばゆい豪華さに魅了された記憶があります。秋の夜の膚寒さをふっと覚えて、菊の香にひたった幼い日は、もっと前だったのでしょうか。そんなとき菊人形が珍しく、歴史的人物のその名にふさわしい出し物に目をそそぎました。
 菊人形は、文化九年の秋、江戸巣鴨の染井の植木屋が作り出したのが始まりだそうです。大変な評判、それを真似てあちこちで菊細工がひろまりました。
   さかりなるうわさをさくや祖父婆も杖にすごもの花の見物   味噌こしきぶ
 当時の狂歌にあらわれるほど菊に人気のあったことが偲ばれます。
 菊は観賞用のほかに酒にひたすと延寿の効があり、食べて頭痛をなおし、目を清くすると昔からいわれてきました。先日、東北地方の川柳仲間から「菊ノリ」を送ってもらいました。説明文によると、この乾燥した菊ノリを熱湯にもどせば、馥郁【ふくいく】とした香味がただよう――とあり、やってみると、なるほどえもいわれないかぐわしい匂いが流れてまいります。
 黄菊の花弁を蒸して、薄く板状にかためてあります。熱湯をくぐらせるとき少し酢を落とすのがコツです。そうすると色もよくなり、歯切れもしゃきしゃきとよみがえると教えてくれたのは川柳仲間のその手紙からで、親切だなあ、友の顔をつい浮かべてしまうのです。
 菊は中国から朝鮮を経て伝来され、芳しい香、気品のある花として愛されていますが、栽培する菊と違って野生の野菊もすてがたい風情があるものです。野菊といえば映画化された「野菊の如き君なりき」の伊藤左千夫の小説『野菊の花』は忘れられません。二つ年上の従姉との哀れにも悲しい恋の物語――。うぶな二人が田園風景にうっすらと映るほどの描写で、抒情的な潤いをただよわす作品です。