馬の話

 父は自ら志願して陸軍の騎兵になり、日清・日露の戦役に従軍したわりに昇進しませんでした。というのも気性が激しく、上官に反抗心が強くて、とかくの不評を買ったと、よく述懐したものです。
 のち商人として独立したのですが、かつての闘志そのままに、ずいぶん販路を広げてゆきました。私などとてもいまもってあの気概にはかなわない、と自分ながら歯がゆく思っています。
 食べ物について父は好き嫌いはありませんでした。何でも食べました。ことさらに季節のシュンのものに目がなく、タラノメ、フキノトウ、ワラビ、茸などを穫りに山野を歩き回り、私はいつもついていきました。
 でも馬肉はどうしても箸をつけません。父が若い日、騎兵として馬に乗ったこととなにか関係があるだろうと察しています。
 この馬肉は松本の名物で、鉄鍋に並べた馬肉のうえに、根深ねぎをのせ、タレを注いでコンロにかけてグツグツ煮る匂いの香ばしさ。
 牛や豚ともちがって寄生虫がいないので、馬サシはけっこう受けがよく、しょうが醤油をつけて頬張る時の味のよさ。
 その道の通は、「ビーフ」の牛肉をしゃれて、「バーフ」というのだそうです。
 シャレといえば、馬の字を逆に書いてお客が入る縁起にすることがあります。馬は走り出す習癖を持っているのに、逆に馬の字を書くことで、かえって入ってくるという妙なコジツケを言ったものです。
 高ボッチ高原松本盆地と諏訪盆地にひろがる高原(標高一六六四メートル)。初夏のレンゲツツジは見事、ハイカーで賑わいます。八月五日を予定して開かれる草競馬は、恒例の観光競馬大会とあって人気上昇、毎年そのファンをふやしつつあります。
 競技には県外からやって来る出走馬も多く、「高原の草競馬」のタイトルで全国的に知られるようになりました。もともと付近の農家が農閑期に農耕馬を走らせてみんなで楽しもうという趣旨で始まったものだそうです。
 走っている最中急に立ちどまって何を勘違いしたのか逆戻りしてしまったり、近くで声援してくれる家族に鼻をすり寄せたりの珍風景も、またほほえましい。