夕涼み

 交通がこんなに激しくなかったころのこと、街がほこりっぽくなりますと、道路に水をまきます。家の前の溝からヒシャクで水をすくってはまきました。溝は沈殿物が発酵すると臭気が激しく、衛生上よくありませんので、溝さらいをよくやりました。そのころの子どもの遊びを紹介してみましょう。
 サイダーびんに水をいっぱい入れ、さかさまにしたら、溝のなかへ素早く突っ込みます。そして上下に動かしながら、その水がなくなる時を見はからい、そのままびんを抜くのです。びんをもと通りにひっくりかえす瞬間、マッチの火をびんの口元に近づけます。ボーっとガスが発火して炎になります。そんなことをして遊びました。
 とっぷり日が暮れて、夕飯をすませたあと、こざっぱりと浴衣に着がえて、家のすぐ前に縁台をもちだします。いくらか涼しくなった夜空に吹かれながら、相手ほしさにちょっと一服、煙管(きせる)にたばこをつめます。
 藪っ蚊が来ますので団扇(うちわ)でバタバタと足元を払いのけます。「今晩は」といいながら涼み台に知った人がかけますと、世間ばなしが始まり、そして政治論、景気論が展開します。縁談もここで生まれます。
 子供は線香花火。若い衆が棒押しをやりだし、どちらも力まかせに押し合います。パチッ、パチッと音のするのは、田舎初段を自称する天狗たちの将棋が佳境に入ったからなのでしょう。
  涼み台去年と同じ位置にする   不越
   水 打●
  夏の夕げしき、かどへ水をうつてゐる所へ、よい年増がけしき取つて来るゆゑ、打かゝつた手桶を左へふり廻し、まかんとする所へ、綺麗な振袖が来かゝる。これへも掛つてはとこちらへふりむけば、としまが間近く来る。せんかたなさに手桶をさしあげて、手前のあたまから、ざつぷり。   (聞上手・安永二年)