芝居のこと

 食糧事情が少しずつ好転すると、戦争が終わった解放感もあって、町や村で素人演劇が盛んでした。
 戦地から帰った若者たちを含めて、いく日かのけいこの成果を、晴れの舞台に披露するというものですから、隣近所はもちろん、大勢の人が観にいきました。
 公会所などが、にわか仕立ての舞台になります。どろくさいしぐさが、かえって親しみをわかせました。そのころ話題になった『チャタレー夫人の恋人』という小説を寸劇に仕立てたものもありました。
 小説を劇にしたもので『何が彼女をそうさせたか』(藤森成吉著)を観たことがあります。昭和の初めのことでしょうか。小池町通りの建国座に山本安英(「夕鶴」の主役)が来演しましたが、入りはよくなかったようです。新劇でしたから、臨官席に警官がかしこまっていたのをおぼえています。
 建国座のほかに西堀町通りの松筑座、葭町通りの信濃劇場も歌舞伎が主であったようです。それより以前からの劇場としては上土町通りの開明座と片端町通りの松本座がありました。市川左団次が来たとき親戚の者たちと一緒に観た幼い日の思い出があります。きらびやかな舞台でした。
 松本にしばしば巡業して、地元に馴染んだのか、春期興行する新派の日吉良太郎劇団というのがありました。背の高い好男子で、満員の盛況が続きました。
 裏町の”ぼんた”という美妓が、良太郎と相愛になり、めでたく夫婦になって、ぼんたも芝居に出てやんやの喝采をあびました。
 この一座は、新趣向をこらした劇中に、活動写真をいれました。まだトーキーではないものですから、銀幕の裏でセリフのやりとりがあり、それが終わると実演に早変わりし、評判を呼びました。
 ロケはすべて松本市内を選び、それがまた、親近感を高めたことになります。連鎖劇といいました。
  居酒屋の客は今日来た旅役者   散二
  巡業の楽屋にけむる蚊遣香   佳汀