ホタル

  泣かぬ蛍が 身をこがす
 ことさらに口に出して言わないものの方が、ほんとうはかえって深く思いつめているという諺であります。
 じっとうちに秘めた想いに耐えている風情が、ほのかに浮かんでくるではありませんか。
 コオロギ、松虫、鈴虫は声楽家で、よい音色を聴かせてくれます。そうした鳴く虫の多いなかに、蛍はひとりさびしそうに淡い光を放っております。
 河川の汚染、農薬の普及で、蛍の姿を見かけることができなくなりましたが、環境事情の見直しが叫ばれる昨今、ようやくホタルの灯が復活したという声を聞きます。
 六月になると、家族と一緒に蛍見物に郊外へと出かけます。水田にはかない光をひらめかせながら飛び交う様子は、初夏の夜を彩るシンボルとして見のがせません。
  蛍火の今宵の闇の美しき   虚子
 掌のうえにのせるとナマあたたかいような、いつまでもいたわってやりたいような、そっとしておきたい感触が伝わってまいります。
  二人(ふたあり)が住んで二階の蛍篭   省二
 この二人はロマンチックに考えると、想い想われてやっと一緒に添いとげた間柄か、あるいはまだ結婚を許されない境遇で、そっと愛の巣を営む束の間の二階住まいかも知れません。たよりないようなホタルの光が、いっそう二人に似つかわしい点景として、映し出されているではありませんか。
 昔の笑いばなしの一節にこんなのがあります。だれにでも渾名(あだな)をつけたがる人がありました。近所の者が来て話すのに「お家の番頭さんをなぜ蛍というのですか」とたずねると「あれかい、あれはね、日が暮れるときまって出るからさ」とあります。夜遊びが趣味と見立ててのシャレでありましょう。
  ほたるがり姉の支度をまだるがり   (田舎樽)
 古川柳です。いざ行くとなると、あの帯にしようか、この着物にしようか、一番手間どるのがお姉さんの癖。「ヤンナンチャウワ」みんなを待たせます。
 ホタルにはきれいな水と餌のカワニナという巻き貝が適します。
 あたりを流れる川、静かな夜の風物詩を誘う光影が懐かしいこのごろであります。
  大蛍ゆらりゆらりと通りけり   一茶