猿廻し

 暖かくなって来ると猿廻しが一軒、一軒隅々までその姿を見せました。
  門口でしょいなげをする猿廻し   (柳多留 一八)
 背中の猿をポイとあがり口へ投げ出す様子ですが、立ち上がってヒョイヒョイとステップを踏んで、愛嬌たっぷりに表情をつけます。家族一同でこれを迎え、おっかなびっくりでちょっと離れて見物し、心付けをやるとピョコンとお辞儀し、また親方の背中へうまく飛び乗ります。その軽快振りが面白く、隣へ廻ったのをまた見物に飛び出したものです。
 ちょっとした広場に人垣の輪をつくらせ、人寄せをしてから珍芸、曲芸を見せます。宙返り、輪くぐり、いろんな技芸を披露しました。中途でお猿さんがノコノコ親方の耳に何か囁く身振りをすると、親方は「何々、こんなに珍芸をしているのにお祝儀がちっともないでは張り合いがない。もっともだ、無理はないな」と、群衆に聞こえよがしに大声で話すのです。すると、あちらからもこちらからも、ご祝儀が投げ込まれ、猿廻しは勢いづいてまた賑やかに大道芸が繰りひろげられます。
 猿廻しは馬を飼う武家屋敷や農家の厩を廻りました。馬の守護神として馬の病を去るとか、一年の厄を払うとか言われ、馬の祈祷をして歩きました。それがいつの間にか門芸人となって、町々を廻ることになったのだそうです。
 いまではなかなか猿廻しにお目にかかれませんが、テレビなどの珍芸ショーに、ほかの動物にまじって出演しているのを見かけます。
 猿廻しはどこから来て、どこへ行くのかそれは知りませんが、子供心にあのお猿さんの剽軽な格好がいつまでも目に残ったものでした。
 山口県光市はこの猿廻しのメッカと言われ、ここで訓練されて諸国を回ったとか。現に猿廻しの復活に並々ならぬ関心を持っているようです。
 猿が人間の訓練によって芸づくしを習い覚えてゆく。そしてまた何か身につけてゆく。そうした猿を人間社会におかないで、猿社会に戻らせて他の猿との接触で暮らせたら、どのような変化を来たすものだろうか、と構想する学者もあるとか。
 花田清輝の小説に『鳥獣戯画』という作品があります。これは甲州武田信虎が猿社会の規範、指揮、懲罰というしきたりを集団的な戦略につなげて、戦軍団を独特な甲州戦法にしたててゆくというストーリーです。考証とフィクションをおりまぜた小説で、異色にあふれています。