わらび

 「ぽかぽか暖かくなったから、街にばかりいないで遊びに来給え」と、友人から誘いがかかりました。とんとご無沙汰なので、ふらっと出かけました。よもやま話のあと、こちらにはワラビがよく出るということを前もってお知らせがあったのでそのあたりを歩いてゆくと、なるほど沢山にょっきり頭をもちあげて、私を歓迎しているみたいなのです。何となく嬉しくなりました。
 ひとりでぽつぽつではちょっと寂しいものですが、徳富蘆花の『不如帰』には、新婚夫婦がワラビ狩りをする風景が出ていたのを思い出しました。昔風ながら情緒纏綿たる雰囲気をかもしております。二人のいとけなさ、ワラビの幼さ、それがピッタリと合って何となく静かなたたずまいを感じさせてくれます。
  早蕨のにぎりこぶしをふりあげて山の横つら春風ぞ吹く
 これは蜀山人が詠んだ狂歌。早蕨の姿をにぎりこぶしにたとえているのです。そのにぎりこぶしが山の横つらを張るに掛けて、春風ぞ吹くとダブらせ、おかしみを添えています。
  早蕨のまだ光陰のにぎりつめ   (柳多留拾遺 四)
 ここにも四季の始動の点描が爽やかにあらわれ、地に恵まれる小さな躍動を目のあたりに印象づけるのです。
 ワラビをゆでるのには堅炭一つ入れると、アク気がなくなって軟らかだと言います。束にして桶の中へ逆さに立てかけ、木炭をふりかけて熱い湯を浴びせ、アクを抜く方法もあります。そうした調理の仕方をどこの家庭でも親から教えられてきたものです。
 根から採ったワラビの粉は、よく練って蒸すとクズ餅のようになり、これもなかなかオツな味です。母がよくこしえらてくれました。
 いつだったか、保福寺峠へ遊びに行ったとき、茶店で買い求めたワラビの箸がもの珍しく、菓子をつまむのに重宝だったことが想い起こされます。
  石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも
 万葉集志貴皇子の一首です。いかにも明るく、精彩な感動にうちふるえる歌調がよどみなく流れています。小さな滝のそばに、生育するワラビのなよなよした童顔のあどけない彩りがくっきり浮かびあがってきます。
  春風に腕押しをする蕨かな  立圃
 春風の吹くまま腕押しの可愛さ。