犬のオアズケ

 朝の散歩をしてゆく道すがら、愛犬家によく出会います。手綱にしっかり結わえられた犬が、前向きに喜び勇んで夢中で綱を引っ張ってゆきます。それとは反対に、飼い主の歩くままに、綱は垂れてアッチコッチを道草ばかり、ノロノロ歩くものですから、たびたびグッと綱を引っ張られ、しかたなくついてゆきます。
 ビニール袋をちゃんと持っていて、フンをするとこの中へ入れます。人さまに世話をかけないようにと、心得た人たちが多くなりました。
 私の近所に犬好き夫婦がいて、一匹二匹ではもの足りず、幾匹かと一緒に寝泊りするくらいで、座敷に放し飼いでした。夫婦によくなつき、じゃれてとても甘えたなき声を聞かせます。この反面、異様な人には激しい吠え方で警戒をゆるめませんでした。
 ある日、訪ねてゆきますと「たまにはあがって世間話などいかが」とすすめられましたので、炬燵に膝を入れました。そのとたん炬燵の中からやにわに、犬がキャンキャンと叫びながら出てきたのにはびっくりしました、さすが愛犬家族の一員だけあって、炬燵の中で暖房とシャレこんでいたわけでした。
 まだ放し飼いでよかった頃のことですが、私のところでも犬はよく飼ったものでした。家のものだれにでもついてゆく人なつっこさはいいのですが、見境いもなく登校のとき学校にまで一緒について行くので困りました。
 そこで私に名案が浮かびました。登校の時刻になっていまや遅しと待っている愛犬の前に、お菓子を出し「おあずけ」と命じるのです。ならいおぼえた芸を忠実に守ってジッとしているところ見てとるや、すばやく学校へ一目散です。遠くへだたったのを見すまし、「よし」とOKを示すと、食い気充分の犬ですから、学校へ行く小学生のことはつい忘れ、ムシャムシャ食べる始末、みんなで大笑いしたものです。
 物を配達する場合、家の入口や勝手口に犬ががんばっていて困る苦情をよく聞きますが、こんな犬はいかがでしょう。
   虎●
  「犬の吠える時、虎という字を書いて握つてゐれば、吠えぬと貴様が教へたゆゑ、大きに手を喰ひつかれた」「どうして」「昨夜よふけて帰るとて、なにか犬が吠えかゝる所へ、握つた手を出したら、これこのやうに、したゝか喰ひつかれた」「ムムそりや、無筆の犬であろう」   (咄の開帳・享和三年)
 無筆とは字を知らないということです。字を知っている学者犬でなくてとんだ迷惑とは、のんきな時代のはなしではありませんか。