追倉の綱引き

 親類に商家があり、そこの店員たちが店の余暇を利用し腕相撲をして戯れているのをよく目にしたことがあります。少年の頃です。
 やっているうちに、寝て腹ばいになるくらい熱が入るのですが、あぐらをかいたまま、ちゃぶ台を土俵にする方法もありました。その白熱戦を見ていて手に汗を握り、思わず大声を叫びながら応援をしたものです。
 いつだったかテレビに、「勝抜き腕相撲」の番組がありました。ひじを土俵いっぱいに動かして、自由な闘いをするのです。
 勝負の世界ですから独特なテクニックを駆使して、力と力との対決に必死な激突を繰り返します。こうした競技がテレビに放映されて、そのすさまじさのほどを実感として受けとめました。
 腕相撲よりもっとやさしいのが指相撲です。店員さんとやって、わざと負けてもらうと、そこは子供ですから嬉しくなり、もっと、もっと、とせびったりします。昔は「指引き」といったそうです。
 こうした遊びのなかに「首っ引き」というのがあり、両方の首に輪を掛けて引っ張り合う。ねじり鉢巻で受験勉強をしている様子を「辞書と首っ引き」といって、その熱心さを形容しますね。
 どこの運動会でもやる綱引きは、集団的な雰囲気のなかに楽しさを共にすることができます。二月八日、松本市里山辺追倉(おつくら)ではきまってこの日、綱引きをする習俗があります。もともと各地の神事として年占いの意味で行われてきたものとされています。東にくらべ西日本では盆綱引きといって、七月、八月が多いようです。
 追倉では、はじめに百万遍念仏みたいなことをします。家々から出し合った藁で、長い太縄をこしらえます。これを輪にし数珠と考え、なかにひとりが入り、叩き鉦を打ち、名号を唱えながら輪を廻します。結び目が自分のところ来ると押しいただいて、今年の厄を払うのです。
 三周ほど廻したあとで結び目をほどき、男と女とわかれて綱引きをするのですが、女の方が勝つと、その年は豊作だとされています。
 この綱引きは、土地によっては仏の出立だというそうで、また二月八日という日は、事始めにあたり、いくつかの行事が重なっていることにもなるのでしょうか。