節分

 「福は内、鬼は外」と家の中で豆をまいたあと、家族が一緒になって炬燵にあたり、まき残った豆をつかむ。三回のうちに、自分の年の数だけつかむことができれば、「今年は運がよい」といいました。
 それを紙に包んで、四ツ辻に捨てて来るのですが、うしろを振り向かずに来れば病気にかからないとか、うしろを振り向くと鬼が追っ駆けてくるといわれ、こわかったものでした。
  年だけの豆を握れば子がはしゃぎ   夢人
 翌朝は豆を拾ってしまっておく。発雷の鳴るとき食べると、雷が落ちないとか、雷様に臍(へそ)をぬかれないといって、カン袋に入れておいたものです。子供ごころに雷が鳴ると、さっそく豆を噛み噛みし、これで安心と思いました。
 あの福は内ですが、地方によっては鬼は内、つまり「福は内、鬼は内」と呼ぶそうです。鬼は「大荷」とよむところから、商店がそとから沢山の入荷があるようにと願ったということであります。
 鬼とは何か。これは隠(オン)、いわば物の怪(ケ)で、オンがオニになった、といわれます。節分に邪気を払うというと、赤鬼、青鬼をすぐ思い起こしますが、現実に姿を現しはしない。目に見えないままに、それに見立て怨事、災難を払う行事ということになります。
 もともと節分とは季節のわかれ目をいいます。春、夏、秋、冬の各季節のわかれ目でしたが、いつの間にか冬と春の区切りだけしか行われていません。節分の翌日が立春、といっても一年中で一番寒い頃です。でも長い冬も去って、やがて春が来ることを心待ちにします。
 神社、仏閣では豆をまく年男に、人気のある力士、俳優など芸能人を頼んで大賑わいですが、少人数でも家中での「福は内、鬼は外」もいいものです。
 昔は掛取りが節分にも来ました。借りのある家ではビクビクもので、落ち着いているわけにもいかず、あの手この手で債鬼を防がねばなりませんでした。落語「節分」の借金取り撃退法の可笑しみを紹介しましょう。
 押しかけて来る借金取りに困りぬいて、その場しのぎの奇智を働かせます。酒屋の番頭を好きな芝居のせりふでやりこめる。魚屋には酒ならぬお茶けと端唄でうまくやりすごしたうえに、河豚(フグ)をサカナに酒をすすめます。「オイ、口を開けな。ふぐは口ィとはどうだ」「コレコレ、待って下さい」と骨をつまみ出して「骨は外」。