凧揚がれ

 何となしに見上げたら、松本城のすぐ横に凧がひとつ。それほど風があるわけではないのに、空高く舞い揚がっているのは、さすが正月風景。おだやかな雲がうっすらと浮かんでいます。
 凧といえば福助、奴の絵のあるのを買ってもらい、棒の先につけたり、手に糸を持って走るのが一番たやすい揚げ方です。すぐうまくいくと限らず、幼いものにはどうしてこう思うようにならないものかと、泣きべそをかいたものでした。
 凧の下の方に尾をつけないと、くるくるまわって揚がらないので、新聞紙を細長く切って貼る。それが長かったり、短かったりで、ちょっとした手ごころを加えて凧の機嫌を見てやります。
  引づられぢだんだを踏む奴凧   (柳多留 一二四)
 上手に揚がらないで、地面を引きずられてゆくみじめさ。『奴師労之』という本に「やっこだこは鳶だこの形をうつして、足を尻尾にしたるもをかし是は安永の始よりできたり」とあって鳶凧が前にあったものらしい。一名烏凧という典型的なかたちでそれにならって作られたのがこの奴凧。
 武士を暗にからかったのだともいわれます。江戸時代、武士も町人も一緒に凧揚げを楽しみました。日頃の鬱憤を晴らそうと、武家の最も低い身分の奴の姿態を凧の絵に見立てて、武家屋敷の上を自由に飛ばせたといいます。
   タコ上げ●
 ――このタコよく上がらないんだ
 ――切手をはってごらん   (長州・生一本)
 こんなコントがあります。実は郵便料金値上げにこと寄せて皮肉ったものです。それを含めた小話として味わっていただきましょう。
 明治元年の物価騰貴を諷刺した「子供遊凧あげくらべ」の芳虎の筆は、人物五、六人にくらべて、揚がる凧の数はすさまじく目を驚かし、三枚仕立ての錦絵をあしらわれております。
 一代の奇人、商人と土木家とを兼ねた河村瑞軒は、江戸の瓦職人がもてあましていた芝増上寺の煉瓦を安々とのせた名案というのが、大凧の利用です。幕府から巨額の修繕費をせしめたと、逸話にあります。
 初詣に神社までハイヤーに乗って降りようとしますと、運転手さんが「お年玉です」といって、五×七センチほどの小さな凧を下さいました。目出度いお正月に恰好な気の配りが嬉しくて感激したという話を新聞で読みました。