九月二十三日

   名僧は蜜柑名医は葡萄なり

          (柳多留 九八)




 医学のかたわら本草学にくわしく、甲斐に長らくいた永田徳本は葡萄の良種であることを知つて、接木挿木棚掛けなどの培養分栽の法を考案して土地の者に指導したが、これが今の甲州ブドウの始めとなつたもので、その功徳を慕い山梨県東山梨郡勝沼町には「甲斐徳本の碑」が建てられた。
 この句、名僧とは浄土宗の徳本上人、俗姓は田伏氏、紀伊の人。永田徳本と同じ徳本だから徳本上人を蜜柑として対比した。徳本の墓は岡谷市長地にある。
 永田徳本は乾室とも知足斎とも茅庵とも号し、医道のほかに本草学にも通じ、若いとき武田信玄の客となり、長く甲斐にいたので、「甲斐の徳本」で通つていた。