八月二十日

   浦島は歯茎を噛んでくやしがり

             (柳多留 三七)




 中央西線上松駅近くを通ると、車掌さんが寝覚の床を説明してくれるが、列車のなかからもよく見える。上松駅から一キロ半、バスで五分。街道から寝覚の床にはいるかどに、寿命そばで名高い蕎麦屋がある。中仙道の名物だつた。少し下ると臨川寺だ。この境内から眼下に寝覚の床が見渡せる。木曽八景の一つ。駒ケ岳山系の山裾を木曽川がえぐりとつて出来た渕である。龍宮から戻つた浦島太郎が老いの身をここに寄せた伝説がある。
 またこんな民話もある。木曽川の寝覚の床の渕には主が住んでいて、毎年娘をいけにえに差出すしきたりがあつた。ある年、老人夫婦の家に白羽の矢が立つた。「年してからようやく出来た娘をどうして手放すことがあろうか」としつかり娘を抱いて動こうとはしない。それを聞いた行者が祈禱をして神のお告げを聞くと、「その主を退治するには七日のうちに猪の腹子をとつてくればよい」そこでいろ〱苦心してようやく手に入れた猪の腹子を油で揚げ、これを太いかぎの先につけ、藤蔓に結ぶと寝覚の床から渕へ放り込んだ。手ごたえがあつてぐん〱ひきあげると二メートルもある山椒魚だつた。それからは平和になつたそうな。