2012-08-06 八月六日 古川柳信濃めぐり365日 二階から見ては淋しい藤の花 (宝暦十一年) 前衛書道では”藤”という字を書くときにまるでみんなたれ下がつているように見えて印象的だ。 伊那市西箕輪の若宮神社の神木にまきついている大藤は、豊年かどうかをうらなう木でもある。 下伊那郡阿南町大下条の和知野城主関盛永の奥方お万と一子長五郎は、合戦のとき敵の刀にかかり悲しい最期を遂げた。心ある人たちは母子のなきがらをひそかに葬つて、藤の若木を植えた。藤を成長していまは一〇数メートルにのび「木柴藤」と名付けられているという。