六月十四日


   能く蹴つて見ればはなかみにさうゐなし

               (田舎樽)




 井原西鶴は好色物・武家物・町人物を書き分けた。町人の経済生活を主題に取りあげ、町人物の嚆矢とされるのは「日本永代蔵」である。貞享五年(一六八八)出版、四十七才の春であつた。
 この句は「日本永代蔵」の主人公の日常性にふさわしい始末振りを髣髴とさせてくれる。落ちているのは鼻紙のようでもあるが、或いは財布かも知れぬ。財布なら天の授けもの、無駄にしてはならない。いやいやそうではなくて鼻紙だろう。たしかめるのにためらつてはならぬ。ウム、なるほど鼻紙だ。
 太宰治は好色物以外の十二篇を飜案し、巧みな語りくちで(わたしのさいかく)として「新釈諸国噺」を執筆した。いわゆる現代譚でなく、原文の内容を十倍位いに広げて太宰張りの流麗な筆致を駆使してある。「日本永代蔵」巻五、三匁五分曙のかねが語られる。
 きようは桜桃忌。