六月三日


   仙境へ入る心地する久米路橋

           (飛騨日吉山王奉額)




 更級郡信更村から上水内郡信州新町に向つてゆくと、犀川中流に久米路橋が架かつている。全長四五・七メートル、幅五・五メートルの変りばえのしない鉄筋コンクリートの橋だが、拾遺集
    埋れ木はなか虫ばむといふめれば
       久米路の橋は心してゆけ
と詠われているほど有名であつた。
 犀川に沿つてのびる今の国道が山腹に細々とつづく小みちに過ぎなかつた頃、県道篠ノ井―新町線は北信と南信を結ぶ重要な街道で北信から松本平に出掛けるには篠ノ井方面を廻り、この久米路橋を渡つて旅をした。
 「信濃奇勝録」の絵に当時の巧みな設計のおもかげが偲ばれるが、いわば奇橋で、水内橋、仙人橋、撞木橋、曲橋などともいわれたが、明治の終りに普通の吊り橋に架け変えられ、また昭和八年には現在のコンクリートに改められて、奇橋の名は遠い昔の語り草となつてしまつた。でも私たちが愛唱する「信濃の国」の一節に(心して行け久米路橋)がある。国道十九号線を観光バスで通ると、バスガイドさんが久米路橋にまつわる美しくも悲しいお菊の伝説を語つてくれる。