五月二十九日

   伊香保まで浅間の荒れの鳴渡り

            (俳諧ケイ 八)




 浅間山の噴火の最も古い記録といえば「日本書記」天武天皇紀に「十四年三月、是月灰零於信濃国、草木皆枯焉」とある。いまからおよそ千三百数十年の昔にさかのぼる。
 しばしば爆発して山麓地方に灰をふらしているが、最も烈しかつたのは天明三年(一七八三)七月の噴火で、遠く江戸の地にも降灰があつたほどだ。このときは火口の北を破つて溶岩が流れ出し、所謂「鬼押出し」を作つた。

    小諸出て見りや浅間の山に

         今朝も三すじの煙立つ

 ひろく知られたこの俗諺に昔も今も変らない旅情をかもし出している。

    さびしげに海に浮べりわが心

        エトナの火をばなほ抱けども

 与謝野晶子が良人をパリーに残して帰る時の作品。エトナはイタリー、シシリー島の火山。浅間山も同じく情熱を燃やしている。
 きようは晶子忌。