十二月

松本城のほんの近い所に住んでいるので、その堀に沿っての散歩には手頃のコースになっている。大名町という町名はたしか福岡市にもあると聞いて、隔てて遙かな地を思いやる。
区画整理の名目で数年前、新町名呼称の大手三丁目に決まり、一時は大名町の宛名では郵便物が返戻される始末で驚いた。だんだん新町名に馴れて来たようだが、妙に旧名の大名町が懐かしく捨て難いので、大手三ノ五ノ十三(大名町通り)と註を振っている。
▼両側に歩道を作る拡幅の話が出て、町民一致の整備が始まった。一部の者がアーケードを造ろうという意見があったが、松本城に近い町だからせせっこましく空を遮る景観は好ましくないことで取り止めに終わった。
▼実行委員が各地を視察し、街路灯、街路樹を参考にしてよりよき処置に当たった。街路灯は古い形の雪洞風に建て、街路樹は信州にゆかりのある木で並木を作ろうということになり、苗木は野尻湖の近くから山採りのシナノキに決まった。これにナナカマドとイヌヅケを組み合わせて、長方形の植桝に仕上げて並ばせた。あれからもう十数年が経つ。松本の街路樹第一号である。
▼見苦しい不法な立て看板やポスターを一切禁止の申し合わせを実行している。電柱撤去、電線埋没の松本市では最初の町に装いを新たに、すっきりした落ち着きの街になった。
▼樹名由来のプレートが掲げられ シナノキ 日本特産の落葉高木花は夏に咲き芳香がある。花序につくへら形の苞が特徴。樹皮から丈夫な繊維がとれる。
 ナナカマド 硬くて七度龜に入れても燃えないといわれる。花は白色。紅葉と長く残る赤い実が美しい。日本特産。
▼宝暦三年(一七五三)佐久の瀬下敬忠著「千曲之真砂」によるとシナノキが産出され、それで信濃の名も科野と書いたとある。信濃の地名の語源となった植物。樹皮を割いて糸をつむぎ、これを織った布は山着や野良衣に用いた。水湿に強く酒醤油をしぼる袋に供した。ナナカマドの赤い実は可憐で長く秋の風物詩を誘ってくれる。