六月

 あっちを向いても、こっちを向いても、本誌の遅刊の取り沙汰が行われているようである。ご心配をおかけして誠に恐縮の次第で、ご考慮のほど申し訳ない。
 実は歳をとったせいか、低血圧の習慣が生活を脅かしているような気がしている。血圧を測る道具があるわけでなく、精神がそうさせているのだ。
 ちょっと頭痛しているような気分で、目をつぶって平静を調えたこと努める。こんなことは習慣になれば触らぬ神にたたりなしだろうとも思う。
 身丈は左程気にかけるほどの長短の憂いもなく、ごく普通だ。ただ幼少より痩せ気味で通し、回りの同輩と比べると劣っていたが、誰もひやかしたりはしなかったものだ。そういう点から友達はいい奴だなあと胸で収めていた。
 「痩せつぽ」などと冷笑するものはなく、それほど関心を持つ者もいなかったと今も思う。学校で秋行われる大運動会には苦手で、やはり敬遠する仲間もいてちょっとした一団となって遊んだものだ。
 別の小さな場所で何やら時間を掛けて戯れた。それが愉快な気分だったろう。単純な友見たいで輪を広げたものだ。運動会場とはべつなところで、単純な時間の掛け方があったものだと今思う。然るべき友の顔がいま浮かんでくる。若かったなあ、懐かしいなあの胸が踊る。
 お年寄りの名称の部類も、六十歳、七十歳、八十歳と来て九十歳が顔が出す。八十歳は傘の字の略を操って傘寿、八十八歳は略字で米寿(べいじゅ)
 九十歳は卒の略字を使う。私は明治四十三年八月十六日生まれだからこの日が来ると九十歳。よく年きて来たものと自分ながら驚く表情。
 暑い盛りで汗をかいた顔をよく浮かべる。それにしても亡くなる母は私の手を握って、有り難いものを私の手に握らさせよと申し入れた。
 何にしようかと考えながら頭に浮んだのはごく普通のものだった。さてそれは何だろう。