七月

 殊更、犬を連れて散歩するわけでないけれど、身体を動かすことは健康によいと聞いたから、朝何となく近くを歩く。神社があるから祈るでもなく、丁寧に参拝をして少し落ち着く。近くに食堂があり、準備の物を煮る匂いが鼻に戯れる。いい接触で快い。
 細い小路が続く。自家用車を持つ家が、どれとも玄関をふさぐように続くのである。見事な運転でえお互い駐車に巧者で感心する。このあたり犬は飼つてない。一々吠えられればうるさいが先ず静かだ。
 突きあたって別の道に出る。自動車学校の校庭といわんばかりに広々として明るい。習練をする時間ではないからだだつ広い。
 歩いていたら学校のあとのソロバン塾帰りの兄妹そうな二人に出会つた。仲よさそうに算盤を入れた小さな鞄がよく似合う。顔見知りの顔をして私が「パチパチからご苦労さま」と言うと、答えるように二人とも「ハイそうです」と応えてくれた。どつちも笑顔だ、少し行くと小路がありそこへ曲がろうとして「バイバイ」と二人で挨拶。思わず手を挙げて私も「バイバイ」見えなくなるまで手をあげたままだつた。
 自動車が度々通る。道幅が狭いからこちらからでも気をつけて、道を明けてやる。気のよい人に限つてすれ違うさま、手を振つて挨拶めく。どちらも微笑。
 いつだつたか、押し車に座つたままの奥さんを介護するご主人に出会つた。知らない人だのにすれ違うとき「こんにちわ」と仰つたのでハッとした。私もそれに答えて「こんにちわ」と頭を下げた。後になつてからどうして「こんにちわ」だけで挨拶したのが口惜しかつた。
 何故「お大事に」と言わなかつたのかとくやんだ。どこの人かわからないのに、それまでしないでもよいような気がしたが、あとになつて口惜しかつた。
 家に帰つてから家内に話したら「どうしてお大事に」と言わなかつたかと、とがめられた。やつぱりそうだつた。私たち夫婦くらいの年輩の方だつたから身にしみたし、今度逢つたら「この間はすみませんでした」と謝りたい。その日の近いことを念じながら。