六月

 眼鏡を掛けてから数十年余、大事に重宝して来た。楕円型の上部が近眼、下部が老眼のレンズで、ほんとうに長い間使つて来た。
 どうもこの頃、度数に違和感があるような気がし、いらいらする不機嫌を生じて来た。
 レンズの度数は眼科医に限ると決めて応診して貰つたら曰く、老人になつたせいで、どなたも白内障で避け難いと言われ、ご希望によつて手術してあげましょうと付け加えた。家へ帰つてから相談するようになると答えた。医者は納得した顔をした。
 それは本人が決めることだと言つて相談にならぬので、そのままになつている。
 眼鏡を掛けたり、またはずしたり、自分の思つたようにしている。前と同じ愛用で、意気地なしをきめこむ。
 前立腺肥大で寝る前に一粒服用することにしている。夜中に二、三度催尿で目を覚まして排出すべく心掛ける。これも手術があつてえらくすすめてくれるが、妙に度胸がないせいで考慮中といつてノコノコ引き下がる。
 胃腸は割に丈夫のようで、飯一杯を限り、野菜を豊富にいただく塩梅。好き嫌いを言わず、特にイナゴ調理が好きだ。サナギも同じに食べる。妙な食べ物が好きだねと言われキヨトンとする。
 NHKラジオ九時半の落語をよく聴いている。大阪なまりの出演もあり、なかなか範囲がひろがつて面白い。待ち遠しいくらいで待つている自分が可愛い。
 夢は毎日見る。熟睡しないせいだと注意される。見てから夢と現実を合致して、夢がそのまま現実に撃いでいる実話かと怪しむことがあり妙なものだ。
 うなぎ専門の料亭の塀のあたりで、うなぎを焼く匂いを賞美しているのを見つけ、「懲り性もなく昼夜うなぎを焼く匂いを嗅いで不埒だ」「嗅いでいるだけです」「かぎ代は頂戴する」と責めると「あちらはこうして嗅ぎますが、おうちのかばやきを宣伝していますのでかぎ代を請求するなら、広告賃をいただきたい」でよく目が覚める。追いまくられる夢のときはうなされるようで、終末にならずして「オイオイ起きて下さい。誰もいないよ」安心してからキヨロキヨロして「また夢を見ることにしよう」