四月

 話の中で不意に「あなたはいくつになりますか」と問われるときがある。歳を訊ねるのを嫌なひともあるが、無論そう聞く人は私より若い。挨拶代わりにごく軽くあしらうようだ。
 人に聞く積もりなら自分の方からさきにあかすのが礼儀だと向きになる。「いくつ位に見えますか」と笑顔を添えて、先にたずねるのである。たしかにお互いに大事にしている齢だから、改まつて問われるのを控えて欲しい人もあろうか。見た通りですよ、老いぼれですよと大凡をのぞかせる。怒つた顔ではない。ごく気軽な顔をして。
 のんびりかまえて落ち着いているつもりで訪ねる人が、私たち夫婦が、何やらせつせと手仕事をしているのを見て、「お達者ですね」と誉めてくれる。老夫婦の余暇をぬすんで、生業の手伝いをしているわけである。
 都道府県別の平均寿命が最も長いのは男性では長野県で七八、〇八歳、女性は沖縄で八五、〇八歳であることを厚生省で公表した。一九九五年都道府県別生命表で判明している。女性は男の一位とくらべて平均年齢は八十三歳の四位で長野県は男女とも高位に属する。
 県当局の発表では健康維持に関心を持つて来たのと、病院、市町村など保険予防活動を積み重ねた結果ではないかと言う。
 海がなく昔からタンパク源を雑穀に頼り、食生活のバランスが取れ、山坂が多く日常生活では心拍機能が鍛えられる。高齢者の就業率が高く、生きがいを持つて暮らしているなどが考えられるという。そして高地のための気圧の低さが、リラツクスにつながると分析する研究者もいる。
 東京というと報道に広く材料があるが、九十一歳で銀座の「卯波」いう小料理屋をひらいている鈴木真砂女のことを報じてくれた。三十歳頃から俳句をはじめ、久保田万太郎に師事。たくさんの句をつくつたが、八十八歳のとき
  死なうかと囁かれしは蛍の夜
 そのむかし、命がけで恋した人を偲んだ恋句である。九十一才になつてもその人が「恋しいの」という問いに「はい恋しくて恋しくて」笑顔であつさりしてしとやかだ。また句あり。
  行く春や身に幸せの割烹着