三月

 松本城の登閣文芸作品のうち、川柳の選を私が一年に一回行つているが、なかに県外のひとも多く見受けられる。年毎に多くなつたような傾向で頼もしい。
 この頃送つて貰つた静岡市「ゼロ通信」と一緒に「春秋残照」を送つていただいたが、
  風鈴はふるさとを絶ち
   鳴り続け   雅秋
と表紙にあり、狩野雅秋を哀悼する仲間の文章がいくつも載つているうち、「明科で松本城で」を書いた清水童子の文中、思い出すのは信州明科での句会、帰路松本城への観光で暑い中の強行軍でしたが、貴方は大変元気に行動なされ楽しい二日間でした。松本城バツクに日傘の中のツーシヨツト遺された懐かしい写真になるなんてと嘆いていらしゃる。松本城は私の家近くなので、もう少し早く文通もしていたら、寄つて下さつたのにと思つた。遺句として
  もっと不幸な人がいる
      ―妻背負う
 ご主人が病気なので介護する動機を詠んでおられる。―を引いて妻背負うと一言が利く。
  ユーモアを作る不随の河童夫婦
 川柳をたしなめ合う共感がつつましく広がる。
  天からの吊革―二人固く持ち
夫婦愛のしるべ大切に。
 ご本人は体格のいい豪快な笑い声で、名司会振りを示して仲間とのつながりを見せてくれた。
  限命に耐えて微笑む
      白い午後
 ひそかに自分の身体のことに触れてゆく。
  寒い春ジヨークも下の
      世話のうち
 奥さんを介護なされるとき、すこしジヨークが転び出る。
  息をかけ息を吹きかけ
     応えぬ絵
 自分の体躯に気付かれ慮るいたいたしさ。
  早死の俺がお前を介護し
 自分の方が先に命を絶つ時をにらみ、あきらめの影が深い。
  明日はあの世かも
   残り火消しまくる
 胃ガンで昨年九月三十日逝去。
  宿命と云うから
     二人の背中
 心より哀悼の意を献げたい。