十一月

 NHK文化センター松本教室でちょっとした話をしてくれと頼まれ出掛けたら、顔見知りの人がひとりいて頼もしかった。
 川柳に少しくらいは関心を持っておられ、採り上げる作品にうなずいて、あとをねだるような雰囲気だった。
 こちらも図に乗って、自分が初めて川柳に触れた遠い昔を引き戻し、芳賀矢一編の国語読本に及び四年生のとき担任の若林昌義先生が、黒板にいくつも例に書いて下さり、それが頭にこびりついたのが奇縁になった。
 学期試験の問題に出た
    親の脛かじる息子の
       歯の白さ

 今も忘れずにいると話した。それぞれノートににしたたためていた。この句は柳多留にもその他にもなさそうで出典が明らかでない。
  おやのすね 今をさかりと
    かぢるなり   柳多留九
 中学校卒業は昭和三年で、今のような不況時代であった。転業を余儀なくされる業界に幼い目にやきついた。教室ではいくつかの不況の句を採り上げて憂いを共にした。処方箋が欲しいと願望するおももちだった。時局に対しそれぞれ批判の目を注ぐべく作句してはいかがと問いかけた。
 あとから質疑応答があり、年の割には率直で核心を突き示唆に富んでいて、われながら意気張った。
 来春も引き受けてくれと懇請があり、また会う日を心に画いた。それから数日したら急に尿道がつまり苦しんだ。平素夜中に二回くらいトイレに行くが、その夜、どうしたわけか、催ほすのがわかるけれど、放尿不可能になった。
 前立腺肥大症というのがあり出始めてから終わるまで長くかかるとか、トイレに行くまでに尿がもれてしまうのはこの症状だ。
 泌尿器科医に突然診察を頼んだところ快く受けていただくことが出来た。尿道カテーテルという中空の管を尿道口から膀胱まで挿入して処置をしてくれたが、一時間ほどしたら排尿を得た。
 前立腺肥大症にならないように服薬している。トイレを我慢禁物、からだを冷やさないが第一番だ。