四月

 ことしはどこでもそうだが、花の便りが随分遅くなり、いまかいまかと待ちこがれるばかりだったが、例年より一週間ほど引き延ばされてやっと咲き始めた。
 最盛期を選んで、大阪造幣局の桜並木を散策する風景は毎年テレビで観るが、羨ましいまでの賑やいである。みんなそれぞれ鑑賞している顔だから、こちらも楽しくなるのだ。
 町内では花のシーズンに合わせるように、郊外の秋葉神社に火難除けの祈祷をして貰ったあと、山つづきの陽当たりのよい芝生に腰をおつちけて、遠くの桜、近くの桜を眺めることにしている。
 一年に一回、都合のよい人たちが、あまり整理してない石段を登るのが、だんだん怪しくなった。かなり急で、足元の覚束ないことは齢をとったせいだなとあきらめながら、転ばぬようにゆっくりゆっくり歩く。あぶなっかしい私の手を握ってくれる親切な人にすがり一段々々を踏みしめて登ることにする。「有り難うございました」と御礼の言葉は忘れない。
 芝生で一献きこしめて、割箸で弁当をつつき合う。ほろ酔いがみんなの和気を誘うのである。
 旅行したときの珍景が披露されどっと笑わす。俺も同じだよ、知らない土地で遠出してしまい、帰りに迷子みたいに、自分の泊まる宿屋を捜し回った失敗談が出る。
 今度はお前の番だ、何か面白い話はないかとせがまれて、そうだな、火事の話でもするかと、話下手な私が恐る恐るの態となる。
 物騒な話で、いま火難除けの祈祷をして貰ったからいいかも知れぬが、火事の話だよ。
 火事の親子があってさ、夜になったら風が出始めた。いい按配に仕事にありついたと合点した親爺勇み足で出掛けようとしたら、「ぼうやも行く」と言ったとさ。
 ああ成程、小火(ぼや)と坊やの洒落言葉か、これもいいぞとおだててくれた。
 待ち合わせたハイヤーが来たのでみんな仲よく乗りこんで、半日過ぎたことをうなずいた様子。今夜あたり濠端の桜か、城山の桜を見に行く話が出た。
  夕桜とんぼ返りがしてみたし
          麻生路郎