十一月

▼豚(とん)競争というのは、並んだらすかさず号砲を鳴らし、勢いよく尻を叩いて走らせる。何をされるかわからないとばかり、右往左往、ゴール何か目に入らぬままに迷走。中には一目散、直走してゴールを突破、まだ目的標識を睨んでの突進となり、人間どもが追い駆けてゆく破目になる。
▼スピードを競うのが本来だが、ゴールまで最も遅く着いたのが勝ちという競争がある。自転車でハンドルとペダルに工夫を凝らし、ラインを越えない程度に遅さを操って、転ぶ寸前を制御、暫し立ち止まったりする。職場や学校の遅刻常習者の気がまえなら、充分手応えがありそうなものだが。
▼ちょっと変わったスポーツがあると心を動かすが、でも日本が嚆矢だと言われる駅伝をちょいちょいテレビで観る。一人っきりでないチームの変転が興味深く、知らず知らず身を乗り出す。
▼運動会で小学校のとき、飛びっくらという名称の駆けっこをした記憶があるが、芳しい成績ではなかった。生来、やせっぽちだったから、期待されるまでもなく、後ろから数えた方が早い到着振りだった。
▼中学校一年生の百米競争がプログラムの最初で、希望通りに参加出来たが、走り出しから終わりまで一番遅く、われながらガックリして、それ以来、運動会が嫌いになり、卒業まで何にも出場せず見物一点張りだった。臍曲がりがあるもので、これに志を同じうする輩が集まって、運動会の広場から離れた庭球場を会場にして、草ベースに打ち興じて愉しんでいたところへ先生が通り掛り「少し暇が出来たら運動会の方も忘れないでね」そう優しく声を呉れた。
   駈る名人
 追っかけくらの名人あり。ある時、盗人を追いかけて行く。向ふから友だち来り「なんだ〱」「泥棒を追っかける」「その泥棒はどれだ」「アレ、あとから来る」
      (坐笑産、安永二年刊)
▼この江戸小咄に出会ったのは卒業して間もなくだった。