八月

▼何々太鼓と称する各地独特の撥さばきの競演が行われるようになってことしで三回目。八月初め、真夏の夜の祭典は国宝松本城中央公園広場で響きわたる。
▼北海道倶知安町の羊蹄太鼓、山口県豊浦町の青竜太鼓が遠くからやって来、いくつかの趣向を凝らしての出演が続くフェスティバルに拍手を惜しまなかった。
松本城に照明を当て夜空を圧するかに見え、その威容は遥かな日本アルプスをバックに冴えた。ドドドッと太鼓の音の調べに、堀の白鳥もさぞかし驚いたことだろうと思った。
▼昼間観光客で賑わうが、平城としての景観に質実な自立を決めたおちつきが愛好されているようである。
▼遠来の友人に気安く案内出来るところといえば、わが家に近いせいもあって松本城にお連れする。大下宇陀児推理小説にちょいちょい顔を出したのを覚えているだろうか。
▼まだ道祖神ブームにならなかった頃、ごく一部の数寄者だけに関心のあった時分、本田渓花坊が松本地方の道祖神探訪で私が案内役になった。すぐ松本駅で下車でなく、ひとつ手前の村井駅の郊外で降り、人力車に乗って田舎の道すがらゆっくりゆっくりと、自分の気ままな道中をつづけ、松本市中に入ったところで私と落ち合った。
▼柳多留蒐集家としても一家言を持ち、これを誇るでもないとこに私は惹かれた。
▼短冊を出すと
   山の温泉町の裏町の
      道祖神
と書いていただいた。
▼森雞牛子が晩年物資不足の折柄雑誌の印刷を私に頼んだ経緯を思うにつけても、渓花坊が浮かんで来る。同じ関西地方の人といえば戦後、堀口塊人は私の紹介した松本郊外の旅舎が気に入り、しばしばやって来た。あとで聞いた話では、娘さんの新婚旅行の目的地もこの宿屋だったとか。
   しなの路は木の葉いでゆに
     浮くところ   塊人
▼すらすらと短冊に書いて貰い、
   日本の背骨の上を這い歩き
の坂井久良伎の色紙と共に、わが郷土を詠われた作品とも言える。