五月

▼ためらうことなく、町民が挙って火難除けの祈願に出掛ける。ほど近い山の中腹にある場所まで、ハイヤーを降りて一段々々と昇ってゆくと、一望見晴らしのよい市街地が展開して見える。
▼待ちかねていた神官が招じ入れやがて祝詞が始まり、みんな頭を垂れて恭しく居ずまいを正す。ほのかに山の風が頬を撫ぜる。
▼一献、盃にしたたる神酒を唇にひたし、思し召しをたしかめるのであった。
▼それから今度は道を変えて下りアルプス公園に回る。いつもこの春先、冷たい風が吹いて襟を立たさせるのに、今年に限って誠に晴れたよい日、誰かカメラを持っているなら撮ってくれと言うが、相憎用意がなくて顔を見合わす。
▼私たちのほかに桜の下で小宴を催している女性軍がとても楽しそうに見えたが、見られる側も満更でもなさそうだった。
▼すると見知らぬ男の二人を連れて来て、いい塩梅に撮って呉れるというから、早速並んで、並んでと促された。
▼たまたまアルプス公園に生徒を引率して来ていた小学校の先生で、カメラを持っていることを知り、俄かに頼んだという。
▼頼むとき懇切にお願いしたか、それとも強引に引っ張って来たのか、私たち連中は知らない。快く「ハイ笑って」と誘いこむ声を流し、カチリとシャッターの音がかすかに聞こえた。
▼前に少人数だったが、吟行会を催したとき、この近く城山公園までコースいくつかで即吟としゃれた。登り口の店で買った缶ビールを思い思いに味わい、小憩の語らいに興じたのである。
▼市街地に向かって午砲―おひるを知らせる―が鳴った思い出ばなしの中では、遠くから見ていると、始めモクモク煙が見えて、少し立って砲音が聞こえた。雨の日も雪の日も怠らず、近くの提灯造りの人がここまで登って来て、午砲の準備をしたものだった。
▼このあたり、以前も城山(じょうやま)と言っていたが、十返舎一九の「続膝栗毛八編上」の挿絵に城山の名も見え、「まつもとより善光寺へゆくかわべにあり」云々の件りを添える。