十一月

▼好きこそものの上手なれという俗諺があるけれど、道は深いだけにそうはおろそかに問屋が下ろさない。余程の素質が傑出していない限り上等になれず、こちらはただ便々と年月を閲すばかりである。
▼ぐんぐん追い越され、あれよあれよと呼んでも相手は振り向きもせず急ぎ足。飽きれ顔でキョトンとした面持ちになったりする。
  心象だいや笑いだと柳揺れ
         若林 政夫
の朝日せんりゅうのように、とても目まぐるしい柳界で、註の(川柳の在り方の論争)には黙して沈思一天張り。その癖しがみつきながら川柳が好きなのである。一日だに離れられない厚かましさ。
   阿呆でも俳諧好き
 さる賢うない人、俳諧をすきければ、都へ上り、点者の会をも聞き申さんと、はるばる田舎より上りける。道にて、ある代官所の屋敷に、人多くあつまりゐるを、「もし、これは俳諧の会ではござらぬか」と尋ねければ、百姓聞き「さだめて灰のせんぎも出ませふ」といへば、さては一句なりともと思い、内へ入る。役人、訴状を取上げ「何村の誰が下人欠落の事」とよみ上れば、かのうんつく
   請人(うけにん)ここに
       有明の月
と付ける。代官見給ひ、「おのれは、気が違ふたか」「いへ、季は月にもたせました」。

 頓珍漢の問答のあと、保証人はここにこうして、かしこまって御座ると、しかつめらしく付けたところ、殊勝げが見える。(気)と(季)の取り合わせ。
 俳諧キチで一所懸命なのが何よりの取り柄、昔も同類が健在したという宝永四年刊の「露休置土産」から。
▼つい先頃もボランティア基金の一環として、チャリティーオークション開催に当たり、大方の賛助を得たいという要請黙し難く、色紙二葉を絵を添えた句を書いて差し出した。とても人に求められそうもないと知っていながら、気持ちだけが通じればという願い。のこのこと当日、自分の作品が役に立ったかと観にゆくことはせず、ありのままの姿勢でありたいなどと川柳面(づら)をしている始末。