十月

▼公民館運動の一翼として、川柳句会を毎月開催し八年有余になるが、川柳山ぐにグループの面々は高校の先生、元警察署長、元小学校長、女性は殆んど未亡人、なかには再婚し別世帯の人もある。
▼十月二十一日、今夜はいつもの松本市中央公民館の会場と様子が違っている。廊下を隔ててもうひとつの集会があり、ドアーが開けたままになっていて女性ばかり。こちらは気をきかせ部屋は閉めておいたが、まもなく拡声器をつけた講義の声が響き出した。
松本市出身、歌人の窪田空穂没後二十年記念講座の夜の部が始まったのだ。西村真一信州大学教授の「空穂の山岳歌と山岳紀行」。だんだん熱を帯びてくるに随い、ボリュームが高くなり勝ち。こちらは「足音」「椅子」の席題に取り組んでいるのだが、この雑音にめげず誰ひとり苦情をもらさず、作句専念がけなげ。
▼披講が始まり、あちらの講義と入りまじって私の声を意識する。負けてなるものかの感情はひとつもない。宿題「雑詠」のなかに
   女流歌人主人は元気元校長
            芳房
に及び、先週十月十七日の同じ講座は昼の部で、来嶋靖生さんとの出会いをみんなに話した。「空穂山脈」を聴きたくて、前以て申し込んだが、当地の同門の岩崎睦夫さんの肝入りで当日聴講が出来た。
▼来嶋さんとは熊本市の田口麦彦さんの紹介で知るようになり、歌集「笛」を戴き読んで感銘を深くした。暫くして大岡信氏の「折々のうた」に採り上げられ一層親愛の情を深めていたのだ。そんなこともあって会えるいい機会を与えられたことになる。
▼話のなかで地元の川崎杜外、既知の半田良平のほかに、大岡博の作品の観賞に進んで、初めてのせいかこの大岡博のうたに心がひかれた。大岡信氏の父である。空穂に関する評論を岩波書店から出刊した意味がわかった。
▼講義が終わってじきじきお目にかかり挨拶をとりかわしたが、御尊父の大島涛明さんの短冊
  鉄拳の指をほどけば
      何もなし
を愛蔵している事をつけ加えた。