六月

▼初めは修那羅峠を案内して貰って、その近くの旅籠屋に一泊しようという話が出た。小県郡青木村東筑摩郡坂井村の境にあるこの峠は幾百という石神や石仏が立ち並んでいるところで名高い。
▼それがどういう風の吹き回しか秋の行楽に繰り延べして、鹿教湯(かけゆ)温泉の方を先にしようではないか、そんな声が挙がってみんな賛成になった。
▼行く朝は晴れていた。マイクロバスに乗り込む略三十名の旧青年元若妻とおぼしき面々、補助椅子も利用するほどの賑やかさ。大抵月末の日曜日と決まっていて、集まる川柳仲間である。みんな顔色は艷やかだ。
▼春秋二回は例会場を行楽地に求めて遊山する。さんざん歩いて来て、ここらでちょっと一休み、そうはいっても弱みは見せず、足腰のままならなさにへこたれないで一所懸命、頭の回転に励むしおらしさはある。
▼運転手さんの車内放送によると今夜泊まるホテルには野天風呂があって一浴もまた愉しからずやとすすめてくれた。みんなニヤニヤしている。
▼前の晩、ラジオで聴いた落語をふと思い出した。三遊亭円右の語るは野天風呂だった。夜陰に乗じて一人ノコノコ出掛ける。誰もいない。薄明りで手拭タオルは湯風呂に入れないで下さいとあるのを見つけ、殊勝げにちょっとおどけた振りで姉さん冠りにする。
▼そこへ八十八歳と八十一歳のお婆さんが入って来る。姉さん冠りを女と思い切っていて、安心した会話が続くおかしみ。
▼ホテルに着いて、あたり翠巒目ばゆき野天風呂に入ってゆくと、既に先客あり、ラジオと同じお婆さん二人だ。言うことが奮っていた。「こんな婆さんでガッカリしたでしょう」。
▼入浴が目当てだが、決して川柳句会を軽視せず、宿題、席題を優にこなして句三昧。老いて益々壮んな意地を見せた。懇談会の折、自選一句を並列した額をこしらえこれを例会場に掲げたらの声が出た。柳多留五十六篇序文にある江戸作家の信陽天白両社奉額の由縁にあやかるにふさわしいぞと誰かはやしたてた。