三月

▼書棚といっても大した数ではないけれど、愛蔵の気持ちで手離したくない本もある。若い頃、大切にしていた思い出を寄せるかのように、蔵書票を貼ってあるのに出会って、懐かしく頁を繰る。
大阪市に中田一男という版画家と知った。親しくなるにつれ、先ず蔵書票を依頼したら黒一色「女土偶」を届けてくれた。少しかすれた部分に、古代の匂いを感じとり気に入った。知人で夭折のわが子を偲ぶ栞の印刷を頼まれ、表紙は中田の数度摺で装った。故人を憶うにふさわしいと言われ、私も一しょになってその出来栄えに感激した。もう幾年になるのだろう。
▼昭和八年に私の
  でかめろん哀しい唇を
         見せに来た
 自筆そのまゝを彫り、中田の版画を添えた。限定版。長くお付き合いが出来ず、他界が早すぎた。惜しい人である。
▼川柳しなの昭和十三年二月号に(蔵書票紹介)1を発表した。さとう・よねじろう「蔵書票の話」(一)と私の「きさらぎの記」と蔵書票の句を挙げた。三月号はさとうの(二)がつづく。四月号には中田一男「蔵書票 雑 筆」である。それぞれカットの挿入が見える。
▼版画に興味を持ち、蔵書票にも関心があったから、その紹介を連載しようと心掛けたカラーページで、五月号は前川千帆の「本当の蔵書票」、六月号にはエッチングの西田武雄「雑想」、七月号には小林朝治「近視・版画・蔵書票」、料治朝鳴「蔵票勝手話」、八月号は小塚省治「蔵書票の話」(一)、九月号はその(二)がつづく。
▼十月号は川上澄生「エキスリブリス雑感」、棟方志功「蔵書票本旨」。原稿を書いていただいた縁が先だったのか、後だったのか、澄生のガラス絵の明治風景が小部屋に飾られ、志功の墨画「鴉」が玄関にデンといまも据わる。
▼昭和十三年十一月号には武藤完一「蔵書票所感」、関野準一郎「エッチング蔵書票の思ひ出」がある。私の処女句集「大空」の挿画を関野画伯に依頼となる。
▼雑誌統制の十五年十月号の26で終止符、表紙裏に平塚運一の諸国風景版画会頒布の広告