七月

▽大きな仕事となると、特定に発注することは滅多にない。みんなを呼びつけてその場で値段を競じ合う。相手の肚をさぐったり、ものによっては避ける工夫をこらすのだが、店先にやって来て挨拶状を頼まれるときはちと違い、先方の原稿を見てやり、少しは仰せのままに直してあげる。
▽移転の通知で、北九州から安曇野有明に来たが、ごく簡単なのがほしいという。ご主人は勤めの関係で間に合わせ、あらためて家庭用の、親しくした旧地の人達に差出す文だ。思いきってここに移って来たことを喜んでいて、それが先ず挨拶の口出しである。
▽空気がとてもおいしい。水が豊富で、雲の行き来が素晴らしい。いい土地にめぐり合ってよかったですね、丁度季節もいいし、毎日が楽しいでしょうと相槌を打ってやった。奥さんで、未知の土地に馴れてゆこうとする気がまえが頼もしかった。
▽退職のお知らせを青森市の方々に出したいと、はがきを注文する人が見えた。私より少し若い。お役人らしい。たまたま佐藤米次郎さんから版画のお便りが来ていたので、私の青森の友達ですよ、ご存知でですか。知っています、よく展覧会があると出していましたから。
▽結婚ホヤホヤの挨拶状は大抵、奥さんが見える。主人が来るなら先ず同伴ときまっている。媒酌人の名前、結婚式の日。ご本人たちの住所、氏名、旧姓を聞けばもう原稿は出来たも同然。私製はがきなら切手は慶事専用のあることを教えてあげる。出来上がったはがきを取りに見えて、切手を買って来ましたと嬉しそうに報告して下さる。
▽忌明けの挨拶状を角封筒に入れて差し出したいがと、同級生だった故人の奥さんが見えた。どうも病弱で毎年一回きりの同級会にも欠席勝ちだったが、またひとり友人を喪ったかつぶやく。しばらく部屋に籠る日がつづいていますから、どうかお序でに持って来て下さいませんか。
▽うつし世に流るるものを
    刷ってゆく    民郎
若い頃の句。作った日から遠くなったが、人の世のこの流れは変わらないでいる。