三月

▽いま少しずつ雪が降っている。積もるほどではないが、北信地方は多いところで三十センチになる見込みと報道されていた。
▽雪が降る割りに気温はそれほど低くはないが、松本は雪のない代り、軽井沢や諏訪と同じように寒気はきびしい。零下以下が百日つづいたのは珍しいとの測候所の報告があった。
▽お友達からお便りをいただくとき、気候の挨拶は松本がとても寒いところだと知っていて、お見舞いの言葉が先ず目に飛び込んで来る。お心にかけていただき誠にありがたい。
▽たしかに寒い。ここに生まれ、ここで長く住んでいるから、身にしみてわかる。今年は暖国でも思わぬ雪に襲われた記事や、いつまでもつづく異常天候をぼやく声を聞く。
▽そろそろ春が近づいてくることはたしかだが、冬将軍は実に遠慮勝ちで私たちをいらいらさせて立ち去り難い様子。
▽ある新聞の投書欄に、松本で息子の学生生活が一年になり、四月から別な土地に勉学をうつすことで、松本での暮らしに親らしい気持ちを投書で伝えている。下宿の老夫婦から親子ともども人の親切、やさしさを教えられ、感謝の気持ちでいっぱいとあって、息子が北海道留萌市に送る便りでそれが親たちの心にしみたらしい。
▽松本のどなたかはわからないがこうして新聞に投じるほどだから余程感銘が深かったのだろう。
▽この下宿の老夫婦ほどではないが、旅のひとには親切にしてあげようという気持ちはある。そらぞらしい態度でなく、それとないいたわりのおももちで接したい。
▽幾年前だったか、私の店で苦しそうな風にして腰掛けていた女性の方に気付き、家内が看護してあげ、背中をさすり、お薬を差し上げ、しばらく安静にしてやったらいくらか快くなった。どこの人とも聞かず、そのまま別れた。
▽数ヶ月たってひょっこりこの人がお元気そうな顔を見せた。諏訪まで用があって来たが、あのときの親切が忘れられず、足を延ばしたと言って、御礼に小型な浅草雷門の提灯を持って来てくれた。
▽小部屋の天井に吊ってある赤さ。