八月

▽教育テレビで古典落語選集が、三夜に亘って放映されるということで、孫の正勝も好きだから私と一緒になって聴いた。一日目は小三治の「お茶汲み」、二日目は歌丸の「いが栗」、三日目は談志の「鉄拐」だった。江国滋が連夜解説し、対談には教授、小説家がそれぞれ当たった。
江国滋は落語通、かたわら奇術に長じ、特にカードの巧みな手さばきを見たことがあるので、どこかの寄席に親しく行っている風に娯んだ。
▽「駆け落ちした男が病気になったので、助けたいばっかりに自分はここへ身を沈めた。お前さんがその男にそっくりなので、つい声を立ててしまった。年期が明けたら夫婦になってほしい。それまで随分と通っておくれ」と言いながら、湯のみのお茶を目のふちになすりつけ泣く仕草に気付く。帰ってから友人に伝えると、何と思ったか、その友人は早速出掛けて女の真似を逆にとってのおかしみ。客あしらいのテクニックのはなしである。オートバイを乗り回す眉太き小三治が、噺になると素っとぼけた味をにじませた。
▽対話でも触れたが、現代に照らし合わせると、経営の方面からは企業努力ということになりそうである。それだけに笑いのなかでちょっと懶惰に一矢を放つ揶揄がある。なよなよしているようで、シンの通ったたおやかな女の姿を浮きあがらせるわけだ。
▽息子座敷牢へいれおきしに、深川よりと、上書きしたるふみ、親仁の手へわたり、ひらきみるに、吉原の焼けだされとみえて、随分細字に紙のいらぬやうに短くしたため、物のいらぬ小指を切り、香箱でありさうなところを、蛤貝にいれ送りしを親仁感心して、息子が前へ持ちゆき「これ見おろう、世間ではこのやうに商売に身をいれるわ」
▽小咄本「珍談楽牽頭」にある。親仁が感心するほど商売にこめた女をひきあいに出し、さとしつつもピンと咄のツメをきめる。父に手伝いしながらまえだホヤホヤだった頃、買い求めた宮川曼魚の「小咄選集」にこれを見付けわれながら感心し、膝を叩いたあれから、何年経ったのだろうか。