五月

▽久し振りに吟行会で、五月二十二日はあくまで晴れたいい天気である。お互い誘い合ったせいか、いつも午後七時開催の夜の句会と毛色の変ったこともあってか、大勢馳せ参じた。
▽午前十時八分発、窓際に馴染みの顔をいくつものぞかせ、奈良井川沿いに列車は北へ走り、日本アルプスはくっきり連なるたたずまいをこちらに向けていた。
▽十分したらもう明科駅に着く。前以て今度初めての来会者である佐藤ひさ女史を、黄色の腕章を巻いた目印で、地元の竹内伊佐緒さんがもう見つけていて下さった。それに滝沢美佐子さんもいた。岩井汗青さんのご紹介で初対面。
▽本日の案内役は伊佐緒さん、八十三才、県下でも長老、お元気でいささかも動じない風格が、きょう殊更に冴えて頼もしかった。
アララギ派歌人岡麓の、この地の風物を詠む歌碑が駅前にあり、詩歌同好の大先輩の作品を口吟んで、終焉の地を信濃にゆだねたこの人の境涯を思いやる。
▽空襲を避けて辿りついたところここ明科であった。米屋旅館に身を沈めたとき、偶、一水会の中村善作画伯がいて、共に語るに足る雅友を得たことになる。善作はよくこの地に画架をくりひろげ、佳作を生んだ。
▽麓は昭和二十七年にこの世を去ったが、この歌碑除幕式に善作が都合で出席出来ず、親族の者に託して祝辞を代読したいきさつがある。善作は本誌に、文に画に麗筆を屡寄せて下さったが、四月二十七日逝くなられた。
 竜門の景色をいひて絵にもかく
 君はかたれどさぶしわれには
 竜門は明科の名所。伝説にまつわる景勝の地である。麓は一ヶ月後明科を去って会染村内鎌(池田町)に移った。
▽さて私たちは先ず「青葉」で吟行会の出題をこなし、三十分後、「水草」の席題に挑んだ。沈思黙考、路傍にたたずみ、静かな緑濃い山野を眺め、句に励んだ。
▽水明館に落ち着き、披講に耳を傾ける。明科は養鱒指導所で知られ、味噌煮、塩焼きと工夫をこらした料理に、かぐわしい地酒がしみわたり、懇親での談らいは次の世紀の川柳に賭ける程だった。