十一月

▽枯れ果てた落ち葉が歩道にこぼれるようになると、朝の掃除の仕甲斐が出てくる。かさっと音がし、とても軽いが、その身の早さが敏感だ。塵取りに余るほど、箒で押さえながら持ってゆくとき自動車でも通り過ぎると、その風にあほられてしまう。
▽いつもの十一月と違って割に暖かく、からっ風が吹くでもなく、寒気のきびしさはまだまだのようだ。曇った日は何となく寒い気がするのに、陽気が暖かいので助かるという言葉があてはまる。
▽それが快晴となれば日中は気持ちよく過ごすことができて、山々は雪の美しさで澄んで見えるのが嬉しい。
▽そんな日、私は日本司法博物館の日曜講座で話をした。予ねて理事の原嘉藤さんから裁判にからまる話をとの懇請があり、かたい話は向かないので、自分の経験した進駐軍にとがめられたことでもよいかというと、それで結構だとうなずいて下すった。
▽昭和八年に「麻尼亜」という雑誌を印刷して発禁になった話から始めた。山本定一さんと共著の平井蒼太君の生い立ち、モデルになって富岡多恵子さんの著「壺中庵異聞」に及んだ。
▽昭和十年、少しかかわりを持った大島辰男君の「花柳粋妓伝」で、前著と同じく天癸が忌諱に触れた。昭和十三年、本誌で大島無冠王君の「信州秘録」が特高課に呼び出される破目。
▽昭和二十二年一月号
  星条旗なびく松島ほめそびれ
           吉田笙人
 昭和二十二年三月号
  検閲の手紙心に来る目方
           山田善弘
 いずれも本誌、私の選の作品、進駐軍から釈明と注意をうながされた思い出。
▽こんどは昔に返り、加藤剛扮する大岡越前高橋英樹の遠山の金さんのテレビから落語の三方一両損と佐々木政談、鹿政談でちょっと湧かし、明治六年、太政官布告以前の婦人の地位としての駆け込み寺の手引きを挙げて見る。
▽結びの言葉は考えて行ったが、それに通じる事例が適していたかどうか、聴衆としては多いご婦人たちに聞きだすべきだった。