七月

▼心待ちにしていて、昨夜は眠れなかったなどとは言わない。みんな約束した場所に来合わせ、朝の挨拶が始まる。自動車が二台、何となくそれぞれに分乗して出掛ける。快晴、北アルプスは毅然として前方にある。
▼川柳を共にする老人たちのグループ。毎月一回の句会を楽しみにしている連中、私は雑談を交えた披講でお茶をにごす。至極気楽なお茶呑み仲間のつもり。
▼初夏、どこかへ一泊旅行としゃれることにしている。きょう、乗原高原が目的地。松本から見ると全山雪の消えるのが遅い乗鞍岳。わらびの群生で聞こえ、あちこち歩かなくとも、そこで座ったままでとれるという定評が専ら。
▼マイクが回って、自慢の歌唱を聞かせられる喧騒はなく、あたりの風景を眺め、よもやま話で賑やか。ヤレヤレで着いて、目にしみる山すがた、白樺の林、緑したたる樹木を縫うて、選んだ館がそこにあった。
▼句会は宿題だけを発表、席題の「お人好し」あとでまとまることを申し合わせて自由行動となる。わらびをとりに行くもの、滝を見に行くもの、温泉にひたるもの。
▼分宿の部屋での語らいでは、初めて聞く生い立ちのとっておきにドキッとし、縁者との意外な接触に同情してやったりする。ほかの部屋から珍客到来。これまた大歓迎で膝が寄り合う。相槌を打っての秘話が飛び出し、懇親会ですよのお呼びにやっと腰を上げる。
▼一献傾けるうち、いろいろ唄が出、舞いが出、楽器持参の大正琴二重奏を聴く。「枯れすすき」、それに月の砂漠をと続き、終りは「花影」。いずれも大正時代を偲ぶふさわしい調べだ。
▼その夜、浮世を離れたほどの安眠。さて翌朝、早起きは五時で朝湯に出掛けてくつろぐものがある。朝飯がすんで、「長野県乗鞍自然保護センター」を観にゆく。
▼総工費二億円。乗鞍の自然と人々のくらしを紹介すべく建設された資料館で結構たのしめる。館長さんがユーモアたっぷり説明して下さった。乗鞍を去るとき「土」の長塚節が短歌でここの風景を詠んだことを思い出した。