六月

△住所をはっきり書いて、一女性が新聞柳壇に投句して来る。心境のうたである。まだ整わぬ字句の配りだが、生活の匂いがこもる。親ひとり子ひとりで、夜になると別れてゆく。子供がたったひとり留守をあずかる。その言い訳にわが子は素直だという。
▽つらいわという訴えはない。求めるものは川柳のなかで詠いたいとつぶやくようにちょっと書く。激励のつもりで二三度文通した。それに対する返事は川柳だった。
▽そのうちプツンと投句がとぎれしばらくすればまた来るだろうと待ったが、それっきりになった。何か変化があったろう。詮索は控えた。
▽茂乃家京子という芸妓が「川柳しなの」に熱気に溢れるほど、もののけに憑かれるように投稿してくれ話題になった。蔭の誰かがいるという噂だった。私は投稿する作品を選ぶに過ぎぬ態度で、作者に忠実な対応と執着に終始した。
▽夫は病床にあり、健気な、それだけに切実な吐露を直接句に投げ掛け通した。自分の写真を送ってくれ、髪は商売っぽくそして若かった。しかし長くつづかず、かき消すほどに夭折した。
   夜のなき夫にふくめる
       わが乳房
   燃える血へとびつく
       煮えこぼれる音よ
▽私が川柳を覚えた昭和の初めに松江市母衣町の花柳界に育った生粋な雛千代があった。
   お茶ひいて皆んなの床を
      敷いて寢る
   隙のないかまえに鬢も
      ゆるるなり
▽矢羽勝幸君の「庶民文化における俳諧」には文化の頃たしなんだ馬子の句帳に、遊女の句をしたためてあったことをしるしている。
   稲妻が我がきぬぎぬも
     西ひがし 大津飯盛  かつ
   我がうきを洗ひ流さん
     さつき川 古市  はな
▽何か嫋々たるかなしさがうかがわれる。戦後、いくつかの遍歴の鈴木しず子俳句集「指輪」の
  欲るこころ手袋の指器に触れる
娼婦またよきか熟れたる柿食らうとくらべると、時代のへだたりを感じ、生きてゆく抜きさしならぬ姿のきびしい折々に突き当たる。