三月

▽陽当たりのいい部屋にカルタをずらり並べて、「ボクが読むからオジイサンは拾いなさい」こう命じるのはことし四月に幼稚園に入園する筈の女の方の孫である。
▽暇にまかせて「一茶カルタ」をやっと覚えこんだこのボクは、自分が読んで大人に拾わせる芸を披露するというのである。唯々諾々拾う役になる。
▽カルタの頭文字だけをちょっと教えるとスラスラ読み、「それ読みましたよ、早く拾って」と来る。並んだカルタから早速選び出そうと身を乗り出す途端、ボクは素早く拾ってしまう。
▽自分が読んで自分が拾うコンタンだった。してやられたりと、次の読みを待つが、次のがどこにあるのか、前以て見当をつけておいてから読むんだから、とてもこちらはかなわない。わざと負けてやるということは聞くが、こう目標を樹てられていては、たまったものではない。
▽結構、孫にからかわしまいになった。
  炉開やあつらへ通り夜の雨
  負角力其子の親も見て居るか
  しなのぢや山の上にも田植笠
▽コレガマア ツイノスミカカ 
   ユキゴシャク
となると、「オジイサン、自らよく観じてごらん」と孫に問い掛けられているみたいになるのもいっそおかしいのである。至極神妙のおももちでいると、すかさず、
  日本の這入口からさくらかな
とやられる。
▽「オジイサン、日本中が花盛りというところだね」そう念を押して次の読みにかかるのだ。孫と一しょになってカルタを娯んだその夜、ひとりノコノコ寝床の中に入りこんでから考えた。読む本人は俳句の意味が全部わかっているとは思われない。字は読めなくともみんなソランジテイテすごくカルタ遊びに興じ合ったわけだが、是がまあつひの栖か雪五尺となるとお前の境涯の奈辺はいかにと問われ、孫からその慫慂をうながされている始末。
▽折柄、家内が部屋にやって来て有無をいわさず、テレビのスイッチを入れた。雑音が入り出したので、このさきの心境はまた明日の晩に持ち越されてゆくのだ。